ウェブスター辞典

ウェブスター辞典：アメリカ英語の歴史を映す鏡

ウェブスター辞典は、19世紀初頭にノア・ウェブスターによって編纂された一連の辞典であり、アメリカ英語の形成史において非常に重要な役割を果たしました。その名前は、多くの辞典に冠され、英語辞典の代名詞として広く知られています。

ノア・ウェブスターとアメリカ英語辞典の誕生

当時、アメリカ国内で教科書や綴り字教本の著者として名高かったノア・ウェブスターは、辞典編纂のために数十年に及ぶ調査を行いました。1806年、彼は初の辞典『簡明英語辞典』を出版しました。この辞典は、アメリカ式綴りの採用や、文学のみならず芸術、科学分野の術語を収録するなど、後の辞典の原型となる特徴を備えていました。

1828年、ウェブスターは70歳にして、7万語の見出し語を収録した2巻組の『アメリカ英語辞典』（ADEL）初版を刊行しました。しかし、高価であったため売れ行きは芳しくなく、現存するものは少ないとされています。

改訂と増補：ウェブスター辞典の進化

ウェブスターは82歳になった1841年、息子の協力を得てADELの改訂増補版を発表しました。初版の内容を訂正・改善し、5000語を追加しました。この改訂版は、後に詩人のエミリー・ディキンソンが愛用したことでも知られています。

ウェブスターの死後、1844年には未製本だった改訂版が製本・発行されましたが、高価格のため売れ残りました。その後、ジョージ＆チャールズ・メリアム社が諸権利を買収し、1845年にメリアム版として初のウェブスター辞典を刊行しました。

ウェブスター辞典の影響

ウェブスターは、言語と政治における革新的な考えを持っていましたが、彼の努力は当初、保守的なフェデラリストや、敵対するジェファソン民主主義者からの批判にさらされました。しかし、ウェブスター辞典は、アメリカの社会政治的、文化的アイデンティティを再定義する上で重要な役割を果たしました。アメリカ特有の用語や、ベンジャミン・フランクリンやジョージ・ワシントンからの引用を通じて、イギリス英語との差別化を図ったのです。

ウェブスターは自らの事業を「国家語の形成」と定義し、歴史的条件に規定されながらも、規則性と革新への情熱を示しました。この矛盾は、自由と秩序の狭間で弁証法的な役割を果たしたと言えるでしょう。

ウェブスター以外の『ウェブスター辞典』

ウェブスターの死後、彼の辞典の抄録や改訂版が、競合相手や親族によって出版されました。これらの辞典は「原本」よりも売れたものの、ウェブスター自身は批判的でした。1843年にウェブスターが亡くなると、メリアム兄弟は「ウェブスター」の名前を買い取り、1847年には新改訂版を、1859年には改訂増補版を出版しました。

大辞典と国際辞典

1860年、ジョセフ・ウースターが新たな辞典を刊行すると、メリアム社は1864年に「アメリカ英語辞典」と銘打った大改訂版を出版しました。この大辞典は、11万4千項目を収録し、ウェブスター＝マーン版とも呼ばれました。1879年には新語や著名人を収めた付録が、1884年には発音索引を収録した補遺が出版され、国際的な名声を得ました。

1890年には、17万5000項目を収録した「ウェブスター国際英語辞典」が刊行され、1900年には付録と共に再版されました。

ウェブスター新国際辞典とその論争

1909年には、40万項目以上を収録した「ウェブスター新国際大辞典」が刊行されました。1934年には、より進化した「ウェブスター新国際辞典第2版」が出版され、広く「ウェブスター第2版（W2）」として知られるようになりました。

そして1961年、10年の歳月をかけて「ウェブスター新国際大辞典第3版」（W3）が刊行されました。この第3版は、45万項目以上を収録し、新たな意味を追加するなど、かつてないほどの詳細な内容でしたが、記述主義的なアプローチが批判を浴びました。この版は「言葉がどう使われるべきか」ではなく、「どう使われていたか」を記録したため、従来の権威を重んじる層からは「寛容すぎる」と非難されたのです。特に、非標準的な表現「ain't」の扱いは、大きな論争を呼びました。

メリアム＝ウェブスター大学辞典

メリアム＝ウェブスター社は1898年に「大学辞典」を刊行し、現在までに11版を数えています。この辞典は、大学内書店で比較的安価に販売されてきました。特に、1985年刊行の第9版は、初出の日付を記録するという特徴を持っていました。

「ウェブスター」という名前の一般化

19世紀末以降、「ウェブスター」の名前は、メリアム＝ウェブスター社以外からも無断で使用されるようになりました。アメリカの裁判所は、ウェブスター辞典がパブリックドメインとなったと裁定し、その結果、「ウェブスター」の名称は一般化し、もはや特定のブランドを意味するものではなくなりました。現在では、ウェブスターの名前を冠する辞書が多数存在し、その中にはメリアム＝ウェブスター版よりも初版に近いものも存在しています。

オンライン版と参考文献

ウェブスター辞典の初版や改訂版は、オンラインでも閲覧可能です。多くのオンライン辞書や百科事典がウェブスター辞典を参考にしています。

ウェブスター辞典は、アメリカ英語の歴史を記録する上で非常に重要な役割を果たし、その影響は今もなお続いています。

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