ウォルター・ペイター

ウォルター・ペイター：唯美主義の巨匠とその時代

ウォルター・ホレイシオ・ペイター (1839-1894) は、19世紀イギリスを代表する文人であり、その洗練された文体と美意識は、唯美主義運動に多大な影響を与えました。本稿では、彼の生涯と主要作品、そして彼を取り巻く時代背景について詳細に考察します。

幼少期とオクスフォード時代

ペイターは、17世紀にオランダからイギリスに移住した家系に生まれ、ロンドンで幼少期を過ごしました。しかし、幼くして父を亡くし、その後母も亡くすという辛い経験もしました。キングズ・スクールを経て、1858年にはオクスフォード大学クイーンズ・カレッジに入学。古典を専攻し、プラトン研究で知られるベンジャミン・ジョーエット教授に師事しました。この時代、彼はキリスト教色の濃い詩作にも取り組んでいましたが、後に自ら焼却しています。オクスフォードでの学びは、後の彼の著作に深い影響を与えました。特に、ジョン・ラスキンの著作は彼に大きな感銘を与えたものの、自身の作品にはほとんど言及していません。

フェロー時代とイタリア旅行

オクスフォード大学を卒業後、ペイターはブレイズノーズ・カレッジの特別研究員（フェロー）に選ばれます。しかし、教授職への立候補は「異教趣味」などの批判に遭い、実現しませんでした。1865年には、親友であるダンテ研究家C.L.シャドウェルと共にイタリアを旅行。この旅は、彼の美意識や作品観に大きな影響を与えたと考えられています。帰国後、姉と妹と共にオクスフォードに家を構え、そこでバーン＝ジョーンズやロセッティ、スウィンバーンといった当時の著名な芸術家たちと交流を深めます。この間、ペイターは『ウェストミンスター評論』に匿名で「コールリッジ論」を発表するなど、執筆活動をスタートさせました。

『ルネサンス』と唯美主義

ペイターの名を世に知らしめたのは、1873年に発表された『ルネサンスの歴史の研究』（後に『ルネサンス：芸術と詩の研究』と改題）です。この論文集は、ルネサンス期の芸術や文学を、独特の感性と洗練された文体で描いたものであり、その美意識は多くの読者を魅了しました。オスカー・ワイルドを始めとする多くの若き芸術家や文士に強い影響を与え、「黄金の書」と称賛されるほどでした。しかし、この作品は「唯美主義」や「デカダンス」といったイメージと結び付けられ、ペイター自身も必ずしも好意的な反応ばかりではなかったようです。

晩年の活動と主要作品

1883年にブレイズノーズ・カレッジを辞職後、ペイターは執筆活動に専念します。ローマを舞台にした唯一の長編小説『享楽主義者マリウス：その感覚と観念』（1885）や、短編小説集『想像の肖像』（1887）、美術批評集『鑑賞批評集』（1889）、プラトン研究の成果をまとめた『プラトンとプラトニズム』（1893）など、多くの作品を発表しました。これらの作品では、美への鋭い洞察力と、繊細な心理描写が際立っています。ペイターは、ロンドンに居を移した後も、多くの若い文豪たちと交流を続け、自身も講義を行っていました。

没後と影響

1894年、心臓発作により54歳で急逝。その死は、多くの文人や芸術家に惜しまれました。没後も彼の作品は読み継がれ、唯美主義やデカダンスといった概念と深く結びつけられながらも、その美意識は現代においても高く評価されています。彼の作品は、上田敏、小林秀雄、三島由紀夫など、多くの日本の文人に影響を与えました。ペイターの生涯と作品は、19世紀末のイギリス文学、そして芸術史において重要な位置を占めています。彼の洗練された文体と、美への鋭い感性は、現在もなお、多くの読者を魅了し続けています。

主要著作

『ルネサンス：芸術と詩の研究』
『享楽主義者マリウス：その感覚と観念』
『想像の肖像』
『鑑賞批評集』
『プラトンとプラトニズム』
『ギリシア研究』
『ガストン・ド・ラトゥール：未完のロマンス』

参考文献

A.C.ベンソン『ウォルター・ペイター』
伊藤勲『ペイター：美の探求』
工藤好美『ウォールター・ペイター研究』
* 富士川義之『ある唯美主義者の肖像：ウォルター・ペイターの世界』

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