ウム・サンガレ

ウム・サンガレ：ワスル音楽の魂と女性たちの声

マリ共和国を代表する国際的なアーティスト、ウム・サンガレは、母国の伝統音楽であるワスル音楽の第一人者として世界的に高い評価を受けています。1968年2月25日にマリの首都バマコに生まれた彼女は、その力強くも優美な歌声と、音楽に込められた社会的なメッセージによって、「ワスルの歌鳥（The Songbird of Wassoulou）」として親しまれています。2011年にはグラミー賞を受賞するなど、その功績は多岐にわたります。

ワスルは、マリ南部からシエラレオネ、コートジボワール、ギニアにかけて広がる歴史的な地域を指し、その音楽は古来より伝わる伝承歌に深く根差しています。特徴的なのは、伴奏にしばしばヒョウタンで作られた打楽器カラバッシュが用いられる点です。ウム・サンガレは、このワスル音楽の伝統を守りつつ、独自の表現で革新をもたらしてきました。

困難を乗り越えた幼少期と音楽との出会い

ウム・サンガレは、歌手であったアミナ―タ・ディアキテとシディキ・サンガレのもとに生まれましたが、1970年に父親が別の女性とコートジボワールに移住し、彼女は母親や兄弟と共にバマコに残されました。貧困の中、母親を助けるため、彼女は幼くして学校を辞め、街頭で歌を歌い始めました。サンガレの音楽キャリアの最初の輝きは、5歳だった1973年に訪れます。バマコの幼稚園歌唱コンクールで優勝し、当時の大統領の名を冠したモディボ・ケイタ・スタジアムで何千もの観客の前で歌う機会を得たのです。この経験が、彼女のその後の人生を決定づけました。

16歳になると、マリの打楽器グループ、ジョリバとの海外演奏旅行に参加し、フランス、ドイツ、オランダ、カリブ海地域など、様々な場所を巡りました。この旅で得た国際的な経験は、彼女に大きな刺激を与え、帰国後すぐに自身の音楽グループを結成する原動力となりました。

音楽キャリアの確立と国際的な成功

サンガレの最初のスタジオアルバム『Moussoulou』（「女性たち」の意）は、マリ音楽界の巨匠アマドゥ・バ・ギャンドとの共同作業により生まれました。このアルバムはアフリカで驚異的な成功を収め、20万枚以上の記録的な売上を達成しました。この成功により、彼女は一躍スターダムにのし上がります。

マリの著名な歌手、アリ・ファルカ・トゥーレの推薦もあり、21歳にして英国のワールド・サーキット・レコードと契約を結び、国際的な活動を本格化させます。彼女の音楽は、ワスルの豊かな音楽伝統と伝統的なダンスにインスパイアされており、「ワスルの大使」としての役割を担っています。

彼女が作曲する楽曲には、個人的な感情だけでなく、特に女性の社会的地位の低さや直面する問題に対する鋭い社会批評がしばしば含まれています。愛や結婚、特に女性が自らの意思で人生のパートナーを選択する自由といったテーマを歌う一方で、児童婚や一夫多妻制といった慣習にも明確に反対の声を上げています。

1990年以降、ウム・サンガレは世界各地の主要な舞台でパフォーマンスを行ってきました。メルボルン歌劇場、ロスキレ・フェスティバル、ウォーマッド（WOMAD）といった国際的なフェスティバルはもとより、世界中のコンサートホールで聴衆を魅了しています。主なアルバムとしては、『Moussoulou』（1990年）、『Ko Sira』（1993年）、『Worotan』（1996年）、2枚組の『Oumou』（2004年）、『Seya』（2009年）、『Mogoya』（2017年）、『Acoustic』（2020年）、『Timbuktu』（2022年）などがあり、多くの作品がワールド・サーキットからリリースされています。

他のアーティストとのコラボレーションも積極的に行っており、バアバ・マール、フェミ・クティ、ブークマン・エクスペリアンスといったアフリカ音楽の巨星とのツアーや、アメリカのバンジョー奏者ベラ・フレックのドキュメンタリー映画『Throw Down Your Heart』（2008年）への出演、ハービー・ハンコックのアルバム『イマジン・プロジェクト』（2010年）におけるジョン・レノンの名曲「イマジン」のカヴァーでは、シールやP!NKらと共に参加し、これが2011年のグラミー賞受賞へと繋がりました。

多角的な活動と社会への貢献

ウム・サンガレは単なる音楽家にとどまらず、女性の権利擁護者として活動し、児童婚や一夫多妻制への反対を訴えています。また、ビジネスの世界にも積極的に進出し、ホテル経営、農業、自動車販売など、幅広い分野で手腕を発揮しています。

マリの首都バマコに所有する30部屋のホテル「ホテル・ワスル」は、音楽家たちの集まる場であると同時に、彼女自身の主要な公演地ともなっています。ホテル経営について、彼女は「自分でホテルを建てたのは、働くことで女性たちが自分の生活をより良くできることを示したかったからです」と語っており、女性たちの自立を促すエンパワーメントの活動として位置づけています。さらに、中国企業と提携し、「ウム・サン」という自動車を販売する事業も行っています。

2003年からは国際連合食糧農業機関（FAO）の親善大使を務めるなど、国際機関を通じた活動にも力を入れています。2001年にはIMC-UNESCOの国際音楽賞を受賞しており、これは彼女の音楽が平和と国際理解の促進に貢献したことによるものです。また、2017年にはその音楽と女性の権利擁護の功績が称えられ、WOMEX芸術家賞を受賞。2024年にはショック賞音楽藝術部門も受賞しています。

政治家になることについては、その可能性を否定しており、「芸術家であれば、思ったことを自由に語れます。しかし政治家は、上層部の指示に従わねばなりません」と述べ、芸術家としての自由な表現の場をより重視する姿勢を示しています。

ワスル音楽の豊かな伝統を受け継ぎながらも、現代的な感性と力強いメッセージを融合させるウム・サンガレ。彼女の音楽は、マリの文化を世界に伝えるだけでなく、世界中の女性たちに勇気と希望を与え続けています。

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