エジプト九柱の神々

エジプト九柱の神々（エニアド）

古代エジプト文明において、ヘリオポリスという太陽信仰の中心地で隆盛を極めた創世神話に深く関わる神々の集まりが、「エジプト九柱の神々」、あるいは「エニアド」（Ennead）として知られています。この「エニアド」という名称は、ギリシア語で「九人組」や「九個一組」を意味する言葉に由来しており、その名の通り、通常は特定の九柱の神々によって構成されます。

また、「エニアド」という言葉自体は、これらの神々が一堂に会して行われる重要な会議や集会そのものを指す場合にも用いられることがあります。これは、エジプト神話における神々の階層や共同体のあり方を示す興味深い側面です。

ヘリオポリス神話において、エニアドは宇宙の始まりから世界の形成、そしてその後の主要な神々の誕生に至るまでの創造のプロセスを象徴する存在と見なされました。

エニアドを構成する神々

一般的に、エニアドとして挙げられる九柱の神々、そして彼らの間の主要な関係性は以下の通りです。

アトゥム (Atum): この神話体系における根源的な創造神です。自らの力によって存在を生み出し、最初の神々であるシューとテフヌトの父となりました。
シュー (Shu): 大気の神であり、大地と天空を隔てる存在です。アトゥムの息子であり、テフヌトの兄弟であり配偶者です。ゲブとヌトの父にあたります。
テフヌト (Tefnut): 湿気や雨の女神とされ、シューと共にアトゥムから生まれ出ました。シューの姉妹であり配偶者です。ゲブとヌトの母です。
ゲブ (Geb): 大地を司る男神です。シューとテフヌトの子であり、天空の女神ヌトの兄弟であり配偶者です。オシリス、イシス、セト、ネフティスという次世代の主要な神々の父となります。
ヌト (Nuit): 天空を司る女神です。星々を体に宿し、毎晩太陽を飲み込み朝に再び生み出すと考えられました。シューとテフヌトの子であり、大地の神ゲブの姉妹であり配偶者です。オシリス、イシス、セト、ネフティスの母です。
オシリス (Osiris): 冥界の王、復活と再生、農耕と文明を司る神です。ゲブとヌトの子であり、イシスの兄弟であり配偶者、セトとネフティスの兄弟です。
イシス (Isis): 魔法、母性、治癒を司る偉大な女神です。オシリスの妻であり妹です。ゲブとヌトの子であり、セトとネフティスの姉妹です。
セト (Set): 砂漠、嵐、混沌、暴力といった荒々しい力と変化を司る神です。ゲブとヌトの子であり、オシリス、イシス、ネフティスの兄弟です。
* ネフティス (Nephthys): 葬儀、哀悼、そして夜を司る女神です。ゲブとヌトの子であり、オシリス、イシス、セトの姉妹、セトの妻とされます。

創世の系譜

ヘリオポリスの創世神話は、この九柱の神々が世代を超えて連なる壮大な系譜として語られます。

全ては、孤独な原初の存在であったアトゥムが、自らの創造力によって最初の男女神であるシューとテフヌトを生み出したことに始まります。彼らは大気と湿気という、初期の世界に不可欠な要素を象徴しています。

次に、シューとテフヌトが結合して、大地を象徴するゲブと、その上に広がる天空を象徴するヌトを生み出しました。ゲブとヌトは当初、強く結ばれていましたが、父シューによって引き離され、これが大地と天空の分離、すなわち世界の基本的な構造の成立を表すとされます。

そして、ゲブとヌトの間に、人類の運命や社会秩序に深く関わる四柱の神々が誕生します。それが、オシリス、イシス、セト、ネフティスです。オシリスとイシスの物語は、死と再生、そして王権の継承を巡る神話として、エジプト信仰の中核をなしました。

このように、アトゥムから始まる三世代九柱の系譜は、世界の創造、自然界の基本的な要素（大気、湿気、大地、天空）、そして人間の社会生活や死後の世界に関わる主要なテーマを網羅していると言えます。

メンバーの変動

ただし、エジプト神話は地域や時代によって多様な形態を取るため、エニアドとして数えられる九柱のメンバーは必ずしも固定的ではありませんでした。特定の地域や王朝においては、ラー（強力な太陽神）、トト（知恵と書記の神）、大ホルスやホルス（王権の守護神）、あるいはアメン=ラーといった他の重要な神々が、本来の九柱の一部と入れ替わって数えられたケースも存在しました。これは、その時代の信仰の中心や政治的な背景によって、神話体系が柔軟に変化したことを示しています。

ヘリオポリスのエニアドは、その後のエジプトの宗教思想や美術、文学に多大な影響を与えた、最も組織化された神々の集まりの一つとして重要視されています。

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