エセル・スマイス

エセル・メアリー・スマイス

イギリスが生んだ傑出した作曲家であり、女性運動家としても重要な足跡を残したエセル・メアリー・スマイス（1858年4月23日 - 1944年5月8日）は、19世紀後半から20世紀半ばにかけて活動しました。彼女は、同時代のフランスのオーギュスタ・オルメスやセシル・シャミナード、アメリカのエイミー・ビーチといった先駆的な女性作曲家たちと並び称される存在です。また、女性解放運動、特に女性参政権獲得を目指したサフラジェット運動の熱心な活動家であり、フェミニストとしても歴史に名を刻んでいます。晩年には聴力を失うという困難に見舞われましたが、ペンを執りエッセイストとして、自身の波乱に満ちた生涯や交流のあった人々について書き記しました。なお、一部の著作では、アメリカ英語の発音に基づき「スミス」と表記されることもあります。

スマイスは、現在のロンドン特別区の一部であるシドカップで生を受けました。幼い頃から音楽の才能を示しましたが、軍人であった父親との間には厳格な躾を巡る確執がありました。この軋轢が、彼女を音楽を学ぶためにドイツへと向かわせる原動力の一つとなります。ドイツでは、まずライプツィヒ音楽院に入学し、ザーロモン・ヤーダスゾーンやカール・ライネッケに師事しました。しかし、音楽院の保守的で画一的な教育方針になじめず、短期間で退学してしまいます。その後、ウィーンへと移り、作曲家ヨハネス・ブラームスの親しい友人であったハインリヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルクに個人レッスンを受け、作曲の技術を深く磨きました。ブラームスに対しては深い尊敬を抱いており、「音楽界の救世主」とまで称しています。

作曲家としての彼女は、初期および晩年にはヴァイオリン・ソナタや弦楽四重奏曲といった器楽曲も手がけましたが、その活動の中心は声楽作品、特にオペラにありました。初期の器楽曲には、フェリックス・メンデルスゾーンやロベルト・シューマン、そして敬愛するブラームスの影響が見られます。帰国後、イギリスで発表したオペラ作品では、アーサー・サリヴァンの影響と共に、より強くリヒャルト・ワーグナーからの影響が色濃く反映されています。オーケストラの色彩豊かな使い方、巧みな転調、そして複雑で洗練された和声や独創的な旋律が彼女の作品の特徴として挙げられます。第一次世界大戦以降は、グスターヴ・ホルストらの影響を受け、新古典主義へと作風が変化していきました。しかし、その音楽には生涯を通じて、重厚な響き、強固な構成力、そして内から溢れ出るような情熱的な表現が一貫して息づいています。

音楽活動と並行して、スマイスは女性の権利向上運動に深く関わりました。女性参政権運動においては、積極的にデモに参加し、投獄も経験しています。彼女の情熱的な性格は、こうした社会運動にも強く表れていました。また、公には自身のセクシュアリティについて多くを語りませんでしたが、同性愛者であったことは知られており、彼女の創作活動や社会運動の背景には、個人的な感情、特に恋愛感情が深く関わっていたとされています。いくつかのオペラやオペレッタ作品には、フェミニズム、あるいはレズビアン・フェミニズムの思想が込められていることが研究者によって指摘されています。著名人との交流も多く、特に1930年代初頭には、作家ヴァージニア・ウルフに深い関心を寄せ、二人の間には大量の書簡のやり取りがありました。

音楽界への貢献が認められ、1922年にはデイムの称号を授けられました。これは当時の女性作曲家としては非常に異例のことでした。晩年には徐々に聴力を失っていき、作曲活動が困難になると、エッセイストとして新たな道を開きました。自伝的な著作や、彼女が交流した多くの著名人たちの姿を描いた交遊録などを残し、文筆家としても評価を得ました。エセル・メアリー・スマイスは、1944年5月8日、サリー州ウォキングでその生涯を閉じました。

彼女の残した主な作品には以下のようなものがあります。

ミサ曲 ニ短調
ヴァイオリン・ソナタ ニ短調
チェロ・ソナタ イ短調
交響的セレナード ニ長調
オペラ『難船掠奪民』
弦楽四重奏曲 ホ短調
合唱曲「女たちの行進」
ヴァイオリンとホルンのための二重協奏曲

エセル・メアリー・スマイスは、その生涯を通じて、音楽という芸術表現と、より公正な社会を求める情熱的な運動の二つの道を力強く歩みました。彼女の存在は、後世の女性芸術家や活動家たちにとって、大きなインスピレーションとなっています。

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