エディアカラ生物群

エディアカラ生物群は、およそ6億年前から5億5千万年前にかけての、地球の歴史でも非常に古い時代である先カンブリア時代後期に生息していたと考えられている生物たちの化石群です。オーストラリア南部のエディアカラ丘陵で集中的に発見されたことにその名が由来しますが、現在ではカナダやロシアなど世界中の20カ所以上からも同様の化石が見つかっています。

肉眼で確認できるサイズの生物の化石としては、これまでに知られている中で最も古い時代のものであり、それまで生命の記録が乏しかった先カンブリア時代の生物相を知る上で極めて貴重な手がかりを与えてくれました。

発見の経緯

エディアカラ生物群が広く認知されるようになったのは、オーストラリアの地質学者レッグ・スプリッグが1947年に論文を発表したことがきっかけです。しかし、この地域からはそれ以前にも化石が見つかっていました。1922年にはアデレード大学のエッジウォース・デービッドが類似の化石を発見し、ティラードと共に調査を進めましたが、彼らはこれらを当時の常識からカンブリア紀の化石だと判断していました。

学生時代にこの研究に興味を持ったスプリッグは、1946年にエディアカラ丘陵で自ら化石採集を行い、軟体生物と思われる印象化石をいくつか発見しました。彼は、これらの化石が見つかった地層が、カンブリア紀の示準化石である古杯類を含む地層よりも下位にあることを地質学的に確認し、これらの化石が紛れもなく先カンブリア時代後期のものである、つまり「最古の化石」であると確信しました。

当初、彼のこの革新的な判断は、周囲の専門家や指導教官からすぐには認められませんでした。しかし、スプリッグはその信念を曲げず、卒業後も地質調査の仕事の傍ら、この化石群の研究を続けました。1947年の論文発表後、この化石産出地は保護区に指定されます。そして1959年になって、彼の主張、すなわちこれらの化石が先カンブリア時代のものであるという論文が国際的な科学誌に掲載され、世界中から大きな注目を集めることとなりました。

生物の特徴

エディアカラ生物群を構成する生物たちの大きな特徴は、硬い殻や骨格を一切持たず、すべてが柔らかい組織だけでできていたことです。通常、このような軟体生物の体は分解されてしまうため、化石として残りにくいと考えられています。しかし、エディアカラ生物群では多数の軟体生物の化石が見つかっています。

その背景には、特異な化石化のメカニズムがあったと考えられています。海底に生息していたこれらの生物たちが、突然発生した泥流などによって瞬時に細かな堆積物の中に埋没し、酸素が遮断されたことで分解されずに形が保たれたと考えられています。また、当時の海底を覆っていた、微生物が集まってできたマット状の構造が、生物の体を支え、化石化を助けた可能性も指摘されています。

エディアカラ生物群には、クラゲのような形状をした「ネミアナ」や、楕円形の平たい「ディッキンソニア」など、多様な形態の生物が含まれていました。中には直径が数十センチメートルにも達する大型のものが少なくありませんでした。後のカンブリア紀に見られるバージェス動物群などの生物は多くが数センチメートル程度であったことを考えると、エディアカラ生物群には全体的に大型のものが多かったと言えます。また、これらの生物の多くは、非常に薄い扁平な体をしていたことが化石から示唆されています。

生態と分類に関する議論

これらの古代生物がどのように生息し、どのように進化史上の位置を占めるのかについては、古生物学者の間で活発な議論が続いています。彼らが地球上で最初の多細胞動物であった可能性が高いと考えられています。

発見者であるスプリッグをはじめとする一部の研究者は、エディアカラ生物群を現在の動物群の最も原始的な祖先と見なして分類を試みました。しかし、多くの形態が現在の動物とは大きく異なっていることから、彼らはその後の生命の進化の本流から外れ、途中で絶滅してしまった「進化の傍流」であるとする見解も存在します。その極端な例として、アドルフ・ザイラッハーは、現生動物界や植物界とは全く異なる独立した分類群として「ヴェンド生物界」を提唱しましたが、後に彼自身はこの見解を取り下げています。近年では、エディアカラ生物群の中には、従来カンブリア紀に突然現れたと考えられていた動物群の直接の祖先にあたるものが含まれている、という説も有力視されるようになっています。

これらの生物群は、地球全体が凍結したとされる「スノーボールアース」と呼ばれる極寒の時代が終わった直後に出現しました。そして、その大部分は次の時代であるカンブリア紀が始まる前に姿を消してしまいます。カンブリア紀には、堅い外骨格を持つ動物や、アノマロカリスのような大型の捕食動物が爆発的に多様化しました（カンブリア爆発）。エディアカラ生物群の絶滅は、こうした新たな捕食者の出現による強い捕食圧や、あるいは大規模な環境変動が原因であった可能性が指摘されています。

研究の進展

エディアカラ生物群に関する研究は今も進められています。例えば、2020年には彼らの薄く扁平な体が当時の海水中でどのような役割を果たしていたのかを、流体力学を用いて分析する研究が発表されるなど、様々な角度から彼らの生態や進化史上の位置づけを解明しようとする試みが続けられています。この古代生物群は、地球生命進化の初期段階を知る上で、今後も重要な示唆を与えてくれるでしょう。

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