エリュクシアス (対話篇)

『エリュクシアス』：プラトン偽書における富の哲学

『エリュクシアス』（Ἐρυξίας, Eryxias）は、プラトンの名で伝えられる短い対話篇ですが、現在では偽書と広く認識されています。副題は「富について」で、富と幸福、徳の関係性を探求する内容となっています。

この作品は、プラトン研究において重要な位置を占める『プラトン全集』にも収録されていません。古代の文献学者ディオゲネス・ラエルティオスは、彼の著書『ギリシア哲学者列伝』の中で、この作品を含む11篇を偽作として断定しています。また、古代に編纂されたプラトンの著作集であるトラシュロスの四部作（テトラロギア）にも収録されておらず、その信憑性の低さを示唆しています。

登場人物と舞台設定

対話篇の登場人物は、ソクラテス、アテナイ出身の青年エリュクシアス、そしてシケリア方面から帰ってきたエラシストラトスです。ソクラテスは当時53歳から54歳頃と推定され、エリュクシアスはクリティアスの親戚または友人という設定です。クリティアスはプラトンの母のいとこであり、後の三十人政権で重要な役割を担った人物として知られています。彼はプラトンの他の作品『カルミデス』や『プロタゴラス』にも登場します。エラシストラトスも三十人政権に関与した人物と推測されています。

物語はアテナイのアゴラ、ゼウス柱廊を舞台として展開します。ソクラテスとエリュクシアスが散歩をしていると、エラシストラトスが合流します。エラシストラトスは、最近遭遇したシュラクサイの使節の一人がイタリアでも有数の富豪でありながら、同時に悪人として知られているという話をします。この出来事をきっかけに、ソクラテスはエリュクシアスと富についての本格的な議論を始めます。

内容と構成

『エリュクシアス』は、他のいくつかのプラトン作品と同様に、ソクラテスが過去の対話を語り直すという形式を取っています。例えば、『カルミデス』や『リュシス』も同様の構成です。この作品では、ソクラテスは富の真の価値、そして富と幸福、徳の関係性について、エリュクシアスらと議論を深めていきます。富が必ずしも幸福や徳を保証するものではなく、むしろ不徳や不幸につながる可能性についても考察が加えられています。

議論の内容は、現代の倫理学や経済学の観点からも興味深いものであり、富の追求と幸福の追求のバランス、物質的豊かさと精神的充足の関係など、普遍的な問いを提起しています。この作品が偽書であることは事実として、その哲学的な深みは依然として高く評価できる点です。

歴史的背景と偽書問題

『エリュクシアス』が偽書と断定された理由の一つに、歴史的・文体的矛盾が挙げられます。プラトンの他の作品と比較した際に、文体や哲学的深さに違いが見られること、また歴史的記述との整合性の欠如などが指摘されています。加えて、古代の文献にその存在が確認されないことや、信頼できるプラトンの著作目録に含まれていないことも、偽書説を裏付ける根拠となっています。

しかしながら、この作品が偽書であるという事実だけで、その哲学的な価値を否定することはできません。むしろ、当時の社会における富への考え方、ソクラテスの哲学的思想への影響、さらには偽書が作成された背景などを考察する上でも、貴重な資料と言えます。

まとめ

『エリュクシアス』は、プラトンの偽書とされるものの、富と幸福、徳に関する興味深い議論が展開されています。この作品は、プラトン研究においては真作とはみなされませんが、古代ギリシャにおける富に対する考え方を理解する上で、また、ソクラテスの哲学思想の多様性を知る上で、重要な一端を担っていると言えるでしょう。その内容を精査することで、古代の思想や社会状況への理解を深めることができるでしょう。

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