エンカウスティーク

エンカウスティーク（ドイツ語: Enkaustik）は、英語ではエンコスティック、仏語ではアンコスティックとも呼ばれ、着色した蜜蝋を溶融し、表面に焼き付ける絵画技法です。日本では蝋画（ろうが）という名称でも知られています。

概要

エンカウスティークは、美術史上において最も古い絵画技法のひとつとされています。その起源は古代の文献やわずかな遺品から推測される範囲でも、2000年以上前のローマ帝国時代には存在していたと考えられています。最も多く現存する作例は、紀元1世紀頃にローマ帝国の属州であったエジプトのファイユーム地方で発見されたミイラの肖像画です。これらの肖像画は、ミイラの棺の蓋の顔の部分に描かれており、驚くべきことに、描かれた当時の状態をほぼそのまま保っています。これは、エンカウスティーク技法が、耐光性、耐水性、耐酸性などの優れた特性を持つ有機物質である蜜蝋を描画材料として用いていることに起因しています。

2000年前の絵画技法を詳細に解析することは非常に困難ですが、プリニウスなどの古代文献を要約すると、着色した蜜蝋を熱で溶かしながら、レバノン杉などの板に直接、または麻布を貼った上に焼き付けて描くという、非常に高度な絵画技術であったとされています。作例は、ベルリン美術館などで棺のままの状態で展示されていることが多く、日本国内では、大原美術館やブリヂストン美術館に断片が所蔵されています。

現代では、ジャスパー・ジョーンズをはじめとする現代美術の芸術家によっても、エンカウスティークは多用されています。特に、ジャスパー・ジョーンズの「星条旗」や「まと」を描いた作品は広く知られています。日本国内におけるこの技法の研究第一人者としては、横浜国立大学の赤木範陸が挙げられます。エンカウスティークに対する適切な日本語訳はこれまでありませんでしたが、赤木は「熱融解鑞画法」または「焼き付け鑞画法」という訳語を与えています。

技法

エンカウスティーク技法の基本的な手順は、まず蜜蝋のみを溶かして顔料を混ぜて固形の鑞絵の具を作り、それを再び熱で溶かしながら描くという、非常に手間がかかり高度な技法です。現代では、固着性を高めて耐久性を向上させるためにダンマル樹脂が添加されることもありますが、本来は蜜蝋以外のものを混ぜることはありませんでした。

赤木範陸は、エンカウスティーク技法を用いて絵を描く画家でもありますが、本来のエンカウスティーク技法をより使いやすくするために、固形の蜜蝋を水に溶けるようにする化学的な改良を施しています。この改良によって、固体の蜜蝋を熱で溶かしながら描くという困難さが解消され、通常の絵筆で絵の具を塗るように自由に描くことができ、描画後にゆっくりと熱して溶かし固着させることができます。

脚注

エンカウスティークは古代から伝わる技法ですが、現代においてもその魅力は衰えることなく、多くの芸術家たちによって様々な形で活用されています。その歴史的な価値と、現代美術における可能性の両面で、今後も注目されていくでしょう。

関連項目

鑞テンペラ
麻織物

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