鑞テンペラ

鑞テンペラ：古代の絵画技法とその魅力

鑞テンペラ（ろうテンペラ）は、数あるテンペラ技法の中でも、特に古い歴史を持つ絵画技法です。卵黄テンペラが一般的に知られるようになる以前、フレスコ画やモザイク画と並んで、重要な役割を果たしていました。特に、宗教的なイコン制作において、この技法が用いられたことは特筆に値します。

鑞テンペラの概要

テンペラとは、本来、油性物質と水性物質が分離せずに混ざり合ったエマルションの状態を指します。この状態の絵具が乾燥すると、水に溶けない状態となり、顔料を定着させる役割を果たします。鑞テンペラは、このエマルションを蜜蝋とアルカリ性物質を用いて作り出します。しかし、古い処方の鑞テンペラでは、蜜蝋を水溶性にするために使用されたアルカリ性物質が残留し、その結果、描かれたイコンの色彩が黒く変色してしまうという問題がありました。古代の絵画技法として知られるポエニ鑞絵の具も、この残留アルカリによって鹸化されたものであったと考えられています。

鑞テンペラの理論

現代のテンペラの概念では、油性液体物質が水中に、または水性液体物質が油中に分散したエマルション状態を指し、乾燥後に非水溶性となって色材を固着させる絵画システムを指します。しかし、古代の鑞テンペラでは、蜜蝋を水溶性にするために使用したアルカリ性物質の残留が、描かれた絵画の色彩に大きな影響を与えました。20世紀初頭のドイツの古典絵画技術研究者マックス・デルナーは、その著書「MALMATERIAL und seine VERWENDUNG IM BILDE」の中で、アンモニアを残留しないアルカリとして使用することを推奨しました。これにより、古代の鑞テンペラの欠点を克服し、より耐久性のある作品の制作が可能になりました。

日本での鑞テンペラの使用例

日本では、鑞テンペラの使用例は非常に限られています。近年の絵画作品における使用例としては、1980年代に赤木範陸がプレパラートを施していない生の板に描いた作品や、2007年に東京藝術大学大学美術館で開催された「自画像の証言」展に出展された赤木の自画像作品があります。これらの作品において、鑞テンペラの技法が用いられていることが確認されていますが、それ以外の使用例はほとんど見当たりません。これは、鑞テンペラの技法が、他の絵画技法に比べて、現代の画家にとって一般的ではないことを示唆しています。

鑞テンペラと関連する用語

• - エンカウスティーク: 蜜蝋を主成分とする絵画技法で、鑞テンペラと同様に古代から用いられてきた技法です。エンカウスティークは、熱を用いて描画するため、鑞テンペラとは異なる特性を持っています。
• - 麻織物: 絵画の支持体として用いられる素材の一つです。鑞テンペラは、板や麻織物など、様々な素材に描くことができます。
• - キャンバス: 絵画の支持体として広く用いられる素材です。キャンバスは、麻や綿などの織物を張り合わせたもので、鑞テンペラを含む様々な絵画技法に使用されます。

鑞テンペラは、古代から伝わる伝統的な絵画技法であり、その歴史と技術は、現代の絵画表現にも影響を与えています。その特異な性質と、独特な色彩表現は、今日の美術においても、新たな可能性を秘めていると言えるでしょう。

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