オオツルハマダラカ

オオツルハマダラカ (Anopheles lesteri)

オオツルハマダラカは、ハエ目カ科ハマダラカ亜科に属する昆虫で、衛生動物学上重要な種です。ハマダラカ属はマラリアの媒介者として知られていますが、種ごとに生態やマラリア原虫への感受性が異なり、分類が難しいグループです。

概要

オオツルハマダラカは、形態的にシナハマダラカと酷似しており、かつては同一種と考えられていたこともありました。しかし、詳細な研究により、別種であることが判明しました。日本列島では、かつて土着のマラリアが存在した際に、主要な媒介者であった可能性が指摘されています。しかし、マラリアの撲滅と同時期に本種の調査研究が進まなかったため、その実態は十分に解明されていません。

分類

オオツルハマダラカは、ハマダラカ属のhyrcanus種群に分類されます。この種群には、シナハマダラカなど、形態が酷似した種が多く含まれます。hyrcanus種群は、東南アジアや東アジアに広く分布しており、約150種が知られています。日本には、シナハマダラカ、オオツルハマダラカ、エセシナハマダラカ、ヤツシロハマダラカ、エンガルハマダラカの5種が生息しています。

オオツルハマダラカは、1936年にフィリピンでAnopheles hyrcanus var. lesteriとして記載されました。その後、1947年に大鶴正満によって日本で初めて報告され、和名も献名されました。しかし、過去には北海道で別種として記載されたA. jesoensisが、オオツルハマダラカである可能性も指摘されています。

オオツルハマダラカは、亜種として記載されたものもありますが、分類学的な位置づけはまだ不明確な点が多く、今後の研究によっていくつかの種に分割される可能性もあります。

分布

オオツルハマダラカは、日本列島をはじめ、朝鮮半島、中国南部、フィリピン、東南アジアなどに広く分布しています。日本国内では、北海道から沖縄まで、各地に生息が確認されています。

形態

成虫の形態は、シナハマダラカと非常によく似ています。翅長は約5mmで、翅の模様がより濃く、C脈の白斑が狭いなどの違いがあります。雌の小顎鬚には白い鱗片が少なく、帯の幅も狭いという特徴があります。また、雌の中脚基節には明瞭な白斑がなく、雄の生殖基節に白斑がない点も、シナハマダラカと区別する際のポイントとなります。

蛹は、頭胸部に1対の黒斑がありますが、南西諸島の個体群ではこの黒斑がない個体もいます。北海道内陸部の個体群では、胸部の呼吸角の鋸歯が不明瞭であるか欠けています。

幼虫は、一般的なハマダラカ亜科の幼虫（ボウフラ）で、尾端に呼吸管がなく、水面に平行に浮かんで呼吸します。また、水中の微生物を濾過して摂食します。hyrcanus種群の幼虫は互いに酷似しており、成虫になるまで種の同定は困難です。

卵は、長い楕円形で、左右に1対の浮嚢があります。卵殻上面にはdeckという構造がありますが、オオツルハマダラカでは、シナハマダラカなどに比べて狭くなっています。

生態

オオツルハマダラカの成虫は、南日本では春秋に多く、北海道では夏に多く発生します。夜間に吸血し、牛舎などに飛来することがあります。卵で越冬すると考えられており、室温に放置された卵は、長期間にわたって孵化します。

幼虫は、湿原や池沼、水田などに生息し、抽水性の水草が茂った日陰の水面を好みます。日本列島の本州以南の個体群は、海岸近くの低温水域で見られ、微量の塩分を含む水域から発生することもあります。一方、北海道内陸部の個体群は、清水域に生息します。

オオツルハマダラカは、シナハマダラカに比べて生息に適した環境が狭く、沼沢の埋め立てなどの開発により、生息数が減少していると言われています。

疫学

吸血性

オオツルハマダラカは夜間に吸血します。人に対する吸血性が強く、特に深夜に活動が活発になります。他のハマダラカと比較して人血嗜好性が高いことが研究で明らかになっています。

マラリア原虫に対する感受性

オオツルハマダラカは、三日熱マラリア原虫に感受性があると考えられています。過去の研究では、本種が三日熱マラリア原虫を媒介していた可能性が指摘されています。また、A. lesteri anthropophagusという亜種では、熱帯熱マラリア原虫に対する感受性も確認されています。

マラリアの媒介昆虫としての寄与

フィリピンやマレー半島などの個体群では、マラリア媒介の役割は否定されていますが、中国中南部のA. lesteri anthropophagusは、マラリア媒介能力が高いことが示唆されています。

日本では、過去に三日熱マラリアが流行した際に、オオツルハマダラカが主要な媒介蚊であった可能性が高いと考えられています。また、熱帯熱マラリアの発生も報告されており、本種が熱帯熱マラリアの伝播に関与した可能性も指摘されています。

本種の分布確認の歴史

オオツルハマダラカは、1936年にフィリピンで発見され、その後、中国南部や日本でも生息が確認されました。1940年代後半から1950年代にかけて、大鶴正満らによって日本での生息状況が調査されましたが、開発による生息地の減少により、分布域と生息数が減少していることが判明しました。

関連項目

カ
マラリア
留辺蘂町

参考文献

上村清 「日本産蚊科各種の解説」『蚊の科学』佐々学・栗原毅・上村清共著 図鑑の北隆館、1976年。
栗原毅 「日本列島のマラリア媒介蚊」『衛生動物』53号補遺2、1-28頁、2002年。
緒方富雄ほか編 『医学の動向 第22集 : 地方病研究の動向』 金原出版、1958年、141頁。
田中和夫 「カ科 Culicidae」『日本産水生昆虫 : 科・属・種への検索』 川合禎次・谷田一三編著、東海大学出版会、2005年、ISBN 4-486-01572-X。
澤田藤一郎　「戦後マラリア　＝第45回日本内科学会宿題＝」『日本医事新報』第1254号、479-482頁、1948年。
佐々学・高橋弘・向後鐵太郎・大島英義　「北海道に見られた熱帯熱マラリアの流行」『綜合医学』第6巻第24号、340-343頁、1949年。
澤田藤一郎・大鶴正満　「熱帯熱マラリアの日本内地感染について」『日本医事新報』第1365号、1620-1623頁、1950年。

外部リンク

CDC. “マラリア媒介ハマダラカのうち、優先種、または、潜在的に重要な種の世界分布図（Robinson）（英語）
蚊の情報ページ（独立行政法人 農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所）
* Culicidae カ科（みんなで作る双翅目図鑑）

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