オカダ酸

オカダ酸 (Okadaic Acid)

オカダ酸（Okadaic Acid）は、分子式C44H68O13で表される天然のポリエーテル化合物です。主に有毒な渦鞭毛藻によって産生される強力な毒素であり、二枚貝などに蓄積することでヒトに対する下痢性貝中毒の主要な原因物質として知られています。白色の結晶性固体で、CAS登録番号は [78111-17-8]、カリウム塩は [155751-72-7] です。化学的にはC38脂肪酸の誘導体と考えられています。

発見と由来

オカダ酸が初めて単離されたのは1970年代のことです。日本の海綿動物であるクロイソカイメン（Halichondria okadai）から分離・同定されました。その名称は、このカイメンの学名に由来しています。「okadai」という学名は、日本の動物学者である岡田弥一郎氏に献名されたものです。また、細胞毒性を持つ物質として、別の海綿動物であるH. malanodociaからも単離されています。当初はカイメン自身が毒素を産生していると考えられていましたが、その後の研究により、オカダ酸の真の産生源は、クロイソカイメンなどが摂食する特定の種類の有毒渦鞭毛藻であることが明らかになりました。

生物学的活性

オカダ酸は、その構造に起因する多様で強力な生物活性を示します。

最もよく知られている活性の一つは、特定の酵素に対する阻害作用です。オカダ酸は、プロテインセリン/スレオニンホスファターゼと呼ばれる一群の酵素を強く阻害します。特に、プロテインホスファターゼ1（PP1）、プロテインホスファターゼ2A（PP2A）、およびプロテインホスファターゼ2B（PP2B）に対して高い親和性を示します。これらのうち、PP2Aに対する阻害活性が最も強く、次いでPP1、PP2Bの順となります。PP2Aに対する阻害の強さは非常に特異的で、その解離定数は30ピコモーラー（pM）という極めて低い値です。これらのホスファターゼは細胞内の多くのシグナル伝達経路に関与しており、オカダ酸による阻害は細胞機能に大きな影響を与えます。

また、細胞毒性も示し、例えばマウスのP388細胞に対する50%効果濃度（EC50）は1.7 nM、マウス白血病細胞L1210に対しては17 nMと報告されており、低い濃度で細胞の生存に影響を与えます。

さらに、オカダ酸は発がんプロモーター活性を持つことが知られています。これは、それ自体はDNAを直接傷つけないものの、発がん物質によって開始されたがん化プロセスを促進する作用です。その発がんプロモーター活性は、強力な発がんプロモーターとして知られるTPA（12-O-テトラデカノイルホルボール-13-アセタート）と同等レベルであるとされています。

下痢性貝中毒と規制

オカダ酸は、主に下痢性貝中毒（Diarrhetic Shellfish Poisoning, DSP）の原因物質として公衆衛生上重要視されています。ホタテガイやムラサキイガイといった二枚貝は、オカダ酸を産生する有毒渦鞭毛藻を餌として濾過摂食します。この過程で、オカダ酸は貝の中腸腺などの消化器官に蓄積されます。毒化した貝をヒトが摂取すると、オカダ酸が消化管に作用し、激しい下痢や嘔吐といった消化器症状を引き起こします。ジノフィシストキシン（Dinophysistoxin, DTX）など、オカダ酸に類似した構造を持つ化合物も同様の中毒症状を引き起こします。

このような下痢性貝毒による食中毒を防ぐため、多くの国で貝類の毒性基準が定められています。日本では、食品衛生法に基づき、下痢性貝毒（オカダ酸換算）の規制値が貝の可食部1グラムあたり0.05 MU（マウスユニット）以下と設定されています。この基準値を超えた場合、対象となる海域や種類の貝の出荷が自主規制されるなどの措置が取られます。幸いにも、オカダ酸による下痢性貝中毒による死亡例は、これまでのところ報告されていません。

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