オットー・キルヒハイマー

オットー・キルヒハイマーの生涯と政治思想

オットー・キルヒハイマー（1905年 - 1965年）は、20世紀を代表する政治学者の一人です。特にファシズム研究でその名を知られ、ユダヤ系ドイツ人としての出自から、ナチス政権を逃れてアメリカ合衆国へ亡命しました。一時、フランクフルト学派の研究者と行動を共にしましたが、独自の思想を形成し、マルクス主義を奉じたことから「シュミット左派」とも評されます。

生い立ちと亡命

キルヒハイマーはドイツのハイルブロンで、ユダヤ人の家庭に生まれました。ミュンスター、ケルン、ベルリン、ボンで政治学などを学び、カール・シュミットに師事しました。博士論文では社会主義やボリシェヴィキを扱い、早くから政治思想への関心を示していました。しかし、1933年にナチスが政権を掌握すると、ユダヤ系の彼はパリを経由してアメリカ合衆国へと亡命せざるを得なくなりました。

亡命先のニューヨークでは、フランクフルト学派の研究所が移転しており、ここで準研究員として活動しました。しかし、キルヒハイマーとフランクフルト学派の思想には、少なからず隔たりが存在しました。

戦後と研究活動

第二次世界大戦中、キルヒハイマーはドイツの戦後処理に関するインテリジェンス活動に従事しました。戦後もアメリカに留まり、国務省調査部の中央ヨーロッパ課課長を務めた後、ニュー・スクールで教鞭をとりました。1961年には『政治的正義』を発表、翌年からコロンビア大学で教鞭を執り、1965年に60歳で亡くなりました。

ヴァイマル憲法と議会制民主主義への批判

キルヒハイマーの思想は、ヴァイマル共和国とヴァイマル憲法に対する深い洞察に基づいています。彼は、ヴァイマル憲法が市民革命を通じて勝ち取られた個人の自由や所有権を、社会権を通じて制限する画期的な憲法であったと評価しつつも、私法においては従来通り資本家の利害に基づいて所有権が擁護されている矛盾を指摘しました。

この矛盾した法体系こそが、ヴァイマル共和国の抱える根本的な問題だと考えました。憲法の規定が抽象的であるほど、市場原理を擁護する私法が社会権を掲げる憲法の理念を浸食すると考えたのです。そして、議会制民主主義は、このような状況を克服するものではなく、むしろ是認すると批判しました。

キルヒハイマーは、ドイツ社会民主党のような、議会制民主主義の枠内で漸進的な社会改革を目指す姿勢を批判しました。彼は、憲法の理念が軽視され、私法の領域が社会全体に浸食していく状況を憂慮し、国家としての理念や政府の正統性が失われたまま、法的合法性のみが保障される状態を危険視しました。

彼は、様々な利益団体の利害を代表する政党が議会政治の主体となる現状では、真の民主主義は実現されないと考えました。このヴァイマル共和国やヴァイマル憲法に対する批判には、若い頃に師事したカール・シュミットの影響が見られます。

カール・シュミットとの相違

ただし、世界恐慌後のドイツに対する見解においては、キルヒハイマーはシュミットと大きな隔たりを見せました。ヒンデンブルク大統領が、大統領緊急令を濫発して権威主義体制を樹立させたことに対して、シュミットはこれを肯定しましたが、キルヒハイマーは否定しました。

キルヒハイマーは、議会制民主主義に代わり主権者となるのは、権威的な大統領ではなく、労働者勢力の連帯に基づく正統な政治権力であるべきだと考えました。この点で、彼はシュミットとは異なり、マルクス主義的な視点に立っていたと言えるでしょう。

結論

オットー・キルヒハイマーは、ヴァイマル共和国の矛盾、議会制民主主義の限界、そして権威主義体制の危険性を鋭く指摘した政治学者です。その思想は、今日の政治状況を理解する上でも重要な示唆を与えてくれます。

参考文献

Jay, Martin : The dialectical imagination : A history of the Frankfurt School and the Institute of Social Research, 1923-1950, Boston: Little, Brown and Company, 1973.
マーティン・ジェイ『弁証法的想像力　フランクフルト学派と社会研究所の歴史』 荒川幾男訳、みすず書房、1975
Thornhill, Chris : Political theory in modern Germany : An introduction, Cambridge : Polity Press, Oxford : Blackwell Publishers, 2000.
クリス・ソーンヒル『現代ドイツの政治思想家　ウェーバーからルーマンまで』 安世舟、永井健晴、安章浩訳、岩波書店、2004

関連項目

例外状態
包括政党

注

外部リンク

* オールバニ大学図書館のサイト（英語）

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