オットー・ハーン (原子力船)

オットー・ハーン

オットー・ハーン（Otto Hahn）は、かつて西ドイツが建造・運用した原子力推進のばら積み貨物船です。鉱石や穀物を運搬する目的で設計され、ヨーロッパで初めて原子力推進を商用船に採用した試みとして知られています。本船は、核分裂反応の発見者である著名な化学者・物理学者、オットー・ハーン博士の名を冠しています。原子力船としての役目を終えた後は、原子炉が撤去され、ディーゼルエンジンを主機とする一般的な貨物船に改修されました。

建造経緯

西ドイツでは、原子力エネルギーの平和利用、特に船舶への応用に関する研究開発を推進するため、1955年に造船海運原子力開発会社（GKSS）をゲーシュタハトに設立しました。GKSSは1960年から原子力商船の研究開発に着手し、「オットー・ハーン」はこの研究開発の成果として建造された唯一の船です。1963年、キールのホヴァルツヴェルケ＝ドイツ造船所で起工され、翌1964年6月13日には、命名の由来となったオットー・ハーン博士本人が参列して進水式が執り行われました。船は1968年10月に竣工し、同年12月に正式に就役しました。

設計の特徴

船種としてばら積み貨物船が選ばれたのは、国際的な港湾における入港手続きを比較的容易にするためであったと言われています。原子炉はバブコック・インターアトム社が開発した加圧水型原子炉が1基搭載されました。この原子炉は熱出力38メガワットを持ち、16本の燃料棒を備えていました。設計上の特徴として、蒸気発生器と主冷却ポンプを一つの圧力容器に収めることで、プラント全体をコンパクトにまとめることに成功しています。一次冷却水系の運転圧力は6.4 MPa、温度は551 Kであり、他の原子力船であるアメリカの「サヴァンナ」や日本の「むつ」と比較して、圧力を低く抑えた設計となっていました（サヴァンナ、むつともに12.0 MPa/537 K）。また、就役する港が定まらない可能性に備え、原子炉の燃料交換設備を船内に搭載していました。原子炉制御室に加え、操舵室にも原子炉スクラムスイッチが設置され、緊急時には操舵室からでも原子炉を緊急停止できる構造でした。

竣工時の乗組員の中には、1名の機関士を含む6名の女性が含まれていました。この事実は、就役直前に本船を視察した日本原子力船開発事業団の計画担当者に影響を与え、当時計画が進められていた原子力船「むつ」においても女性乗組員が採用されるきっかけの一つとなったとされています。

運用と改装

原子力商船として

GKSSに引き渡された「オットー・ハーン」は、ハンブルクを定係港として、約2年間にわたる広範囲な実験航海に出ました。この期間中に、原子力動力の性能評価やその可能性に関する貴重なデータ収集が行われました。1970年からは商業運航を開始し、主に鉱石や穀物の輸送に従事しましたが、少数の旅客輸送も行われました。最初の燃料交換が実施された1972年までの約4年間で、「オットー・ハーン」は約25kgのウラン燃料消費量で25万海里という長大な距離を航海しました。これらの航海は、西ドイツ国内だけでなく、アフリカ、南北アメリカ、イランなどへの国際航路でも行われました。

1975年には、沖縄で開催された沖縄国際海洋博覧会において、日本の原子力船「むつ」と並んで展示される計画がありました。この計画実現のため、国際原子力機関（IAEA）や中継地となるシンガポール政府を交え、出入港時の安全対策について詳細な協議が重ねられました。しかし、「むつ」の完成が博覧会開催に間に合わなかったことから展示計画自体が中止となり、「オットー・ハーン」がアジアの港に寄港することはありませんでした。

1972年には最初の炉心交換が行われ、燃料被覆材が従来のステンレス鋼からジルカロイに改良された炉心に交換されました。これにより、出力密度と燃焼度の向上が図られました。

ディーゼル船への改装

交換された炉心が燃え尽きる前に2回目の炉心交換が計画されましたが、予算不足のためにこの計画は断念されました。1979年2月、「オットー・ハーン」は原子力船としての運用を終了し、ハンブルクに係留されました。係留期間中、約3年をかけて厳重な監視の下、25名の専門技術者によって約800トンの放射性物質の除去作業が行われました。

1983年、「オットー・ハーン」はリックマース・レデライ社に200万ドイツマルク（当時の日本円で約2億1,000万円）で売却されました。ブレーマーハーフェンのリックマース・ヴェルフト造船所に持ち込まれた本船は、原子力原子炉を完全に撤去し、主機関を日本の赤阪鐵工所製（三菱重工業ライセンシー）の7UEC60HA型ディーゼルエンジン1基（出力11,340馬力）に換装する大規模な改装を受けました。さらに、積載能力1,181TEUのコンテナ船へと船種も変更されました。改装は1983年に完了し、プロジェックス社の「トロフィー（Trophy）」として新たな船生を始めました。同年11月にはノラシア・ラインがチャーターして「ノラシア・スーザン（Norasia Susan）」と改名され、その後も「ノラシア・ヘルガ（Norasia Helga）」、「ファ・カン・ヘ（Hua Kang He）」、「アナイス（Anais）」、「タル（Tal）」、「マドレ（Madre）」と船名や船主の変更を繰り返しながら運航されましたが、最終的に2009年にインドで解体されました。

撤去された原子炉圧力容器は、放射性廃棄物を格納した状態でゲーシュタハトにあるGKSSの研究施設に保管されています。また、ブレーマーハーフェンのドイツ船舶博物館には、「オットー・ハーン」の煙突が展示されており、原子力商船時代の歴史を今に伝えています。

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