カタリーナ・マン

カタリーナ・マン＝プリングスハイム

カタリーナ（カーティア）・ヘートヴィヒ・マン＝プリングスハイム（Katharina "Katia" Hedwig Mann-Pringsheim、1883年7月24日 - 1980年4月25日）は、ドイツのノーベル文学賞作家トーマス・マンの妻として広く知られる人物です。しかし、彼女自身もまた、恵まれた家庭に生まれながら、激動の20世紀をたくましく生き抜いた、知性と意志の強い女性でした。

豊かな家系背景

カーティアは、ミュンヘンの名門プリングスハイム家に生まれました。父アルフレート・プリングスハイムは著名な数学者であり、母ゲルトルート・ヘートヴィヒ・アンナ・ドーム＝プリングスハイムは舞台で活躍する女優でした。彼女の家系は、学術と芸術だけでなく、社会運動や実業界にも深く根ざしていました。母方の祖父エルンスト・ドームはドイツ系ユダヤ人の権利向上を目指す解放運動家として活動し、祖母マリアンネ・アデライーデ・ヘートヴィヒ・ドームは女性解放運動の初期の提唱者として知られています。また、父方の祖父ルードルフ・プリングスハイムは実業界で成功を収めました。カーティアには、後に国際的な指揮者となる双子の兄クラウス・プリングスハイムがいます。このように、彼女は多様な分野で活躍する才能溢れる家族の中で育ちました。

生い立ちと作家との結婚

ミュンヘン近郊のフェルダフィンクで生まれたカーティアは、学生時代にミュンヘン大学で物理学と数学を専攻するという、当時の女性としては非常に珍しい道を選びました。この選択は、彼女の探求心と知的な能力の高さを示すものです。しかし、1904年の秋、母やおばの勧めもあり、大学を退学してトーマス・マンと婚約。翌1905年2月11日に結婚式を挙げました。結婚後も学ぶことへの意欲は衰えず、彼女は4学期間にわたって聴講生として学業を続けました。

六人の子供たちと『魔の山』への影響

トーマス・マンとの間には、エーリカ、クラウス、ゴーロ、モーニカ、エリーザベト、ミヒャエルという六人の子供たちが誕生しました。子供たちの中には、後に作家や俳優、歴史家として著名になる者もいます。カーティアは、夫が偉大な作家となる過程を最も近くで見守り、その創作活動を陰で支え続けました。

特に、1910年に長女モーニカを出産した後の自身の病気体験は、夫の文学に決定的な影響を与えました。原因不明の体調不良に見舞われた彼女は、当初結核が疑われましたが、精密検査では結核の兆候は見られませんでした。医師や本人の申し立てに基づき、心身症と診断されたカーティアは、数ヶ月間、高地の療養所で療養生活を送りました。この療養所での独特な生活や、病と向き合う人々の姿は、トーマス・マンが長編小説『魔の山』（Der Zauberberg）を執筆する上で、物語の舞台設定や登場人物、作品の主題に関わる重要な着想や素材を提供することとなりました。カーティアの体験なくして、『魔の山』は生まれなかったとも言えるでしょう。

亡命、そして晩年の悲劇

ユダヤ系であるという出自は、20世紀前半のドイツにおいて、カーティアとその家族に大きな試練をもたらしました。1930年代にナチスが政権を掌握し、ユダヤ人に対する迫害が強まるにつれて、彼らはドイツ国内での生活が不可能となりました。身の危険を感じた一家は、1933年にドイツを離れ、まずチェコスロバキアに亡命します。しかし、ナチスの侵攻は止まらず、チェコもその勢力下に置かれると、さらなる安全を求めて1938年にはアメリカ合衆国へと移住しました。長い亡命生活を経て、第二次世界大戦終結後に一家はヨーロッパへ帰国します。

波乱に満ちた生涯の晩年もまた、カーティアにとっては決して穏やかなものではありませんでした。1949年には長男クラウスが自殺し、その後も長女エーリカと次男ミヒャエルが病のために死去。そして、1955年には長年連れ添った夫トーマス・マンにも先立たれました。相次ぐ肉親との別れという深い悲しみを乗り越え、カーティア・マン＝プリングスハイムは、1980年4月25日、スイスのチューリヒ近郊にあるキルヒベルクで96歳の生涯を閉じました。彼女の人生は、名家の令嬢から偉大な作家の妻、そして亡命者、さらに晩年には多くの肉親を見送った母として、激動の時代を映し出すものでした。

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