カチン独立軍

カチン独立軍（KIA）は、ミャンマーにおける主要なカチン族系武装組織であり、その政治部門であるカチン独立機構（KIO）の軍事力を担っています。長年にわたり中央政府との対立を続け、ミャンマー内戦における主要なアクターの一つとなっています。

歴史的背景

KIAの設立は1961年に遡ります。その前史として、独立間もないビルマ連邦において、1949年に第一カチンライフル大隊指揮官であったノーセンが政府に反旗を翻した事件があります。彼はキリスト教徒として、同じキリスト教徒であるカレン民族防衛機構（KNDO）との戦闘を拒否しましたが、多くのカチン族の支持を得られず、ポンヨン民族防衛軍（PNDF）を率いるノーセンらは中国・雲南省へ亡命を強いられました。彼の部下であったゾーセンはビルマに残り、KNDOに加わりました。

ノーセンの反乱後、カチン族の反乱機運は一時的に沈静化しましたが、1950年代後半には、中央政府による辺境地域の軽視を背景に対立が再び表面化します。1957年にはゾーセンの弟ゾートゥーを含むラングーン大学の学生7名が「サニット・マジャン」（ジンポー語で「7つの星」）を結成。彼らは民族自決達成のためには政府との武力闘争も辞さないとの結論に至り、ゾーセンを頼りました。

1960年に中緬国境が画定し、一部カチン族の村落が中国領となったこと、同年4月にウー・ヌ首相が仏教の国教化を公約したことなども、カチン族民衆の反発を招きました。こうした状況下、1960年10月25日にKIOが、1961年2月5日にKIAが設立されました。設立直後の2月7日には、ゾートゥーらがラーショーの政府銀行を襲撃し、90,000チャットを強奪するなど、早期に武力闘争を開始しました。

ネウィン政権期と複雑な関係

1962年のネウィンによるクーデターは、KIAを含む各地の反政府勢力の活動を大幅に活発化させました。1963年にはKIAと政権の間で停戦交渉が行われましたが、KIAが独立国家カチンの承認を要求したため決裂しました。1965年、ゾーセンはタイ国境で国民党系の武装勢力と接触し、アヘン・翡翠交易や軍事訓練協力を実現させました。1966年までにKIAはミッチーナーやフーコン渓谷、翡翠産出地カマインなどを支配下に置きましたが、国軍は徹底的な焦土作戦「四断戦術」で対抗しました。

同時期、ビルマ共産党（CPB）の政権掌握を望む中国は、KIAを含む非共産主義勢力にも支援を提案するようになります。1967年の反中暴動で中緬関係が悪化して以降、この支援は明白なものとなりました。1967年11月、KIAは武器供与と引き換えに中国との協力に合意します。しかし、1968年元旦、KIA代表者が中国滞在中に、ノーセン率いるCPBが中国の支援を得てモンコーに侵攻。KIAとCPBの間で激しい戦闘が繰り返されるようになります。同年4月には、カンバイティのKIA司令官であったティンインとゼルムがCPB側に離反するなど、カチン内部の分断も生じました。ビルマ軍もラワン族をプーターオに配置するなど、カチン族の分断を図りました。1971年にはノーセンが不審な死を遂げますが、同族との戦闘を拒否したために殺害されたと多くのカチン族は信じています。1972年、KIOは正式に世界反共連盟に加盟しました。国軍とCPBの双方を敵とする二正面作戦は、KIAに大きな負担を強いました。ゾーセンらは国民党との交易に傾倒しており、組織内の腐敗が進んでいたとされます。1975年8月、ゾーセン議長ら幹部3名が資金横領を理由に部下により殺害される事件が発生。KIAは事実を隠蔽しようとしましたが失敗し、1976年1月にパジャウで新しい執行部を選出する会議を開催。ブランセン議長を中心とする新体制のもと活動を継続しました。会議中の1月23日には、訪問していた日本の遺骨収集団がKIA戦闘員に銃撃され、護衛兵との間で戦闘が発生。護衛兵、日本人、通訳に負傷者が出ました。

1976年5月、CPBの政権掌握を懸念するタイ政府の働きかけもあり、カレン民族同盟（KNU）を中心とする10勢力で民族民主戦線（NDF）が結成されます。しかし、同年7月には中国の仲介でKIAはCPBと同盟関係を結び、NDFから距離を置くようになりました。中国からの兵器供与により、KIAは広大な領域を支配するようになります。1980年にも政権との停戦交渉が行われましたが、カチン自治権承認の要求を政府が拒否し決裂。1981年にはCPBと共に停戦失敗の原因を政権の強硬姿勢にあるとする共同声明を発表し、共同の政治・士官学校を設立するなど連携を深めました。1982年にKIAはNDFに復帰。1986年にはCPBとNDFによる合同作戦も行われましたが、KNUのボー・ミャがこれを非難するなど、NDF内の分裂傾向が強まりました。1987年、ブランセンがNDFの会合に出席中にその隙を突き、ミャンマー軍はKIO・KIAの当時の本拠地パジャウおよびナポーを奪取しました。

軍事政権後期と停戦、そして崩壊

8888民主化運動弾圧後に成立した国家法秩序回復評議会（SLORC）政権は、財政難打開のため天然資源の採取権を売却。一方、CPBは中国からの援助減少や改革開放政策による貿易独占権の消失により経済的に窮地に立たされ、アヘン取引に依存するようになり、組織内に腐敗が蔓延しました。1989年、中国政府が高官に引退・亡命を勧告したことが判明すると、コーカン族やワ族といった少数民族の下士官らが一斉に蜂起し、CPBは崩壊しました。

このCPB崩壊は、関係の深かったKIAにも影響を与えました。1990年にはKIA第4旅団司令官マトゥノーが離反してカチン防衛軍を結成し、ミャンマー軍と和平協定を締結。数百人規模の小勢力でしたが、組織が分裂したことはKIAにとって大きな動揺をもたらしました。1992年6月にはインド経由の補給ルート確保を目指し、印緬国境のパンソー・ナミュンを奇襲により制圧に成功しましたが、翌日には空爆が始まり、ミャンマー軍に奪還されました。こうした状況下、1993年4月にはKIA代表者がミッチーナーでの停戦交渉に応じ、1994年2月24日に停戦協定が締結されました。

停戦後、KIAと国軍は表面上は良好な関係を維持し続け、2008年憲法制定会議にも最後まで関与しました。しかし、同憲法338条の「連邦のすべての軍隊は国軍の指揮下にある」という規定に基づき、政府がKIAを含む武装勢力に対し、軍傘下の国境警備隊（BGF）への編入を試みたことで関係は悪化しました。KIOは2010年9月にこれを拒否。軍部は停戦協定の失効を宣言し、カチン州内のKIA連絡事務所を閉鎖しました。さらに、ミャンマー軍がカチン州内に計画したミッソンダム建設も関係に亀裂を生じさせました。この計画は、エーヤワディー川源流域に大規模ダムを建設するものでしたが、その象徴的な位置づけ、地元住民との十分な協議の欠如、中国を後ろ盾とした政府によるカチン州支配強化への懸念などを背景に、KIAはこの事業に強く反対しました。これらの状況から、2010年総選挙ではカチン族政党や独立候補者の擁立が禁止されました。

BGF編入問題で関係は極めて悪化していましたが、両者間の衝突の直接的な引き金となったのはミッソンダム問題でした。2011年6月9日、ミャンマー軍がダパイン川流域のダム建設予定地（ミッソンダムとは異なる）に展開していたKIA部隊を攻撃し、17年間続いた停戦が崩壊しました。テインセイン新大統領は9月30日にミッソンダム計画の凍結を発表しましたが、カチンにおける両勢力の紛争は継続しました。

テインセイン政権はKIAを含む諸勢力との包括的な停戦協定締結に尽力しました。交渉の窓口となったのが、2012年2月設立でKIO/KIAも加盟する統一民族連邦評議会（UNFC）でした。政府は2013年1月に一方的な停戦宣言を行いましたが、遵守されませんでした。2013年10月から11月にかけて、KIAの本拠地ライザでUNFC参加組織を含む16組織が和平に向けた会議を開催。政府もこれを歓迎し、参加者の移動の安全を保障しました。2015年10月にはKNUなど8勢力によって全国停戦合意（NCA）が署名されましたが、KIOは署名せず、UNFC内で足並みが揃いませんでした。2016年11月には、一部の旅団がタアン民族解放軍などと共に北部同盟を結成しました。

2021年ミャンマークーデター発生当初、KIAは静観する姿勢を見せ、平和的抗議に対する軍の暴力行使に懸念を表明する声明を発表するにとどまりました。しかし、数ヶ月が経過すると、KIAは民主化勢力と最も積極的に連携を図る武装組織の一つとなり、軍との衝突回数は2019年の13回、2020年の7回から、2021年には138回に激増しました。2022年10月23日には、KIOの創立62周年記念行事の会場がミャンマー軍によって爆撃されるパカン空爆が発生しました。

組織構造

KIAは、最高指導者である議長のもと、広範な組織構造を有しています。歴代議長には、ラタウ・ゾーセン（初代）、マラン・ブランセン、マリズプ・ゾーマイ、ラムン・トゥーチャイ、ラニャー・ゾーラ、ンバンラなどがおり、2023年からはタントゥン・ショーンが務めています。

KIA本隊は、12個旅団、51個歩兵大隊から構成され、その軍総司令部と本部直轄部隊（機動旅団、中央警備旅団、砲兵部隊、コマンドー大隊、グルカ大隊、射撃部隊、訓練大隊など）は、エーヤワディー川東岸のライザを拠点としています。部隊は北部、西部、東部、南部の各軍管区に分かれて展開し、それぞれ担当地域（プーターオ、チプウィ、レド公路沿い、パカン、モーニン、バモー、サドゥン、ラーショー・ムセ道路沿い、クッカイ・ムセ道路沿い、センウィー・クンロン道路沿いなど）を持っています。

日本との関係

日本との間では、いくつかの接触や事件が記録されています。1976年1月には、カチン州で日本の遺骨収集団がKIA戦闘員に銃撃される事件が発生しました。一方、2013年4月には、KIO議長のンバンラが統一民族連邦評議会の一員として、笹川陽平と共に安倍晋三総理大臣を表敬訪問しています。2022年10月のパカン空爆に対しては、林芳正外務大臣がミャンマー軍を非難する声明を発表。2024年5月には、高村正大外務大臣政務官がカチン独立軍の代表と表敬訪問を受けています。

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