カビール

カビール：インドの宗教改革者

15世紀インドに現れた宗教改革者、カビール（Kabīr、1440年頃 - 1518年頃）は、その生涯と思想によってインドの宗教風景に大きな影響を与えました。彼の生没年は正確には分かっていませんが、デリー・サルタナート朝のスィカンダル・ローディー王と同時代の人物であったことは確実視されています。

カビールは、ヴァラナシー郊外のラハルターラーブ池に捨て子として発見され、イスラム教徒の織物職人であるニールとニーマー夫妻に拾われ育てられました。自身も織物職人として生計を立てながら、ヒンドゥー教とイスラム教の聖典や思想を独自に学び、独自の宗教観を確立しました。

彼はヒンドゥー教とイスラム教を単純に折衷したわけではなく、両宗教の根底にある本質的な真理を探究しました。カースト制度の批判、一神教思想、そして神秘主義的な瞑想法は、カビールの教えの中核を成す重要な要素です。彼の教えは、ラーマーナンダというヒンドゥー教の聖者の弟子であったという説や、シク教の創始者グル・ナーナクに影響を与えたという説など、様々な伝承が伝えられています。

カビールの教えは、口述筆記によってまとめられ、『ビージャク』という聖典として後世に伝えられています。日本語訳も存在し、その中にはタントラ（密教）の影響も感じられる神秘的な内容が含まれています。カビールの思想は、ダードゥやニランジャンといった後世の宗教家にも大きな影響を与えました。

カビールの信者たちは「カビールパンティ教団」を形成し、今日でもインド各地に支部が存在します。信者の多くは低カーストの人々であり、その数は50万人規模に及ぶと推定されています。教団の中心はヴァラナシーのカビールチャウラですが、マグハル、チャッティスガル、ムンバイなど、インド各地に広がっています。教団では、カビールは独身であったと主張していますが、一方で、カビールが妻帯し、家庭を持ちながら織物職人として働き、余暇に瞑想にふけっていたという説も広く信じられています。

カビールパンティ教団には興味深い謎も残されています。カビールの死後、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒が遺体を奪い合ったという伝承は、カビールの教えが当時既に複数の宗教集団に受け入れられていたことを示唆しています。また、カビールチャウラはヒンドゥー教徒が中心ですが、イスラム教徒が管理するカビールパンティ教団も存在するなど、その宗教的属性は多様性に富んでいます。

カビールの教えは当初革新的なものでしたが、今日ではヒンドゥー教ヴィシュヌ派の一派として認識されることが多いです。しかし、その思想はヒンドゥー教やイスラム教の枠を超え、今日でも多くの人々に影響を与え続けています。カビールパンティ教団の瞑想法は、正座で座り、膝の上に握りこぶしを置き、「ソーハム」という言葉を繰り返すという、ヒンドゥー教のウパニシャッドに由来する伝統的な方法です。また、入信の際には木の葉と水を一緒に飲み込み、グルに「サーヘブバンダギー」と唱える儀式が行われます。

カビールの教え、そしてカビールパンティ教団の将来は、インドの宗教的多様性を象徴する重要な存在として、今後も注目を集めることでしょう。

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