キリストの埋葬 (ティツィアーノ、1559年)

『キリストの埋葬』は、ルネサンス期のヴェネツィア派を代表する巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオによって描かれた油彩画です。この作品は、スペイン王フェリペ2世の委嘱により1559年に制作され、現在はマドリードのプラド美術館に所蔵されています。

描かれているのは、新約聖書のマタイによる福音書をはじめとする四つの福音書すべてに記述されている、イエス・キリストが石棺に埋葬される場面です。キリストの遺体を囲み、埋葬を手伝う人々が描かれています。

歴史的背景

この作品は、フェリペ2世がティツィアーノに依頼した2番目の「キリストの埋葬」を主題とする作品です。最初の作品はより小さな半身像で、1557年にスペインに送られましたが、輸送中に失われました。本作は、1559年に他の二作品とともにスペインに送られ、1574年にはエル・エスコリアル修道院に運ばれました。修道院内の旧教会では、ティツィアーノによる他の二作品と共に飾られました。

ティツィアーノは、この主題で他に2点の作品を制作しています。一つは1572年にヴェネツィア元老院からフェリペ2世の秘書に贈られた作品で、本作と類似しています。もう一つは初期の1520年頃にマントヴァ侯爵のために描かれた作品です。

作品の詳細

キリストの遺体は、5人の人物によって取り囲まれています。3人が遺体を石棺に納めようとしています。画面左端で遺体を支えているのは、ニコデモです。彼は夜に密かにキリストを訪ねて教えを学んでいた人物です。青い衣をまとった聖母マリアはキリストの左腕を抱え、足元にはアリマタヤのヨセフがいます。ニコデモは、ティツィアーノ自身の姿を反映していると考えられています。これは、ミケランジェロの彫刻『キリストの埋葬』に影響を受けている可能性があります。ミケランジェロは、この彫刻で自身をニコデモとして描いています。

画面には、白い服を着た赤い髪のマグダラのマリアと、聖母の背後で手を合わせる福音書記者聖ヨハネも描かれています。大理石の石棺は、古代ローマのものを彷彿とさせます。石棺には、『旧約聖書』の「カインとアベル」や「イサクの燔祭」の物語を表す浮彫が施されており、キリストの受難を予兆しています。

聖母がキリストの埋葬を手伝う様子が描かれているのは、福音書には記述されておらず、異例です。これは、ピエトロ・アレティーノの著作に影響を受けていると考えられています。人物の配置もアレティーノの著作に倣っており、ニコデモはキリストの頭部に、アリマタヤのヨセフは足元に、そして聖母、聖ヨハネ、マグダラのマリアは中央に配置されています。

この作品は、幅広い筆致と鮮やかな色彩が特徴であり、当時のティツィアーノの様式的発展を示しています。また、画家の晩年の作品に特徴的な悲壮感を強調した最初の作品であり、画家のターニングポイントを示す重要な作品でもあります。

まとめ

『キリストの埋葬』は、ティツィアーノの芸術的才能と深い宗教的理解が融合した傑作です。新約聖書の場面を、独自の解釈と表現力で描き出し、見る者に深い感動を与えます。この作品は、ルネサンス美術における重要な位置を占めており、今日でも多くの人々に愛されています。

この作品は、ティツィアーノの芸術的な変遷を理解する上で不可欠であり、彼の作品群の中でも特別な位置を占めています。プラド美術館に訪れた際には、この傑作をじっくりと鑑賞していただきたいと思います。

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