ギュンター・ブローベル

ギュンター・ブローベル（Günter Blobel）は、20世紀後半から21世紀初頭にかけて活躍したアメリカ合衆国の著名な生物学者です。1936年 5月21日に生まれ、2018年 2月18日に逝去しました。特に、細胞内で作られるタンパク質がどのようにしてその機能を発揮すべき特定の場所へと運ばれ、配置されるのかという謎を解き明かした画期的な研究で知られ、この功績により1999年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

経歴

ブローベルは、第二次世界大戦前のドイツ領シュレージエン地方、現在のポーランドに位置するヴァルタースドルフ（現ニェゴスワヴィツェ）で生を受けました。テュービンゲン大学で医学を学び、1960年に卒業しました。その後、アメリカ合衆国に渡り、ウィスコンシン大学マディソン校で研究を続け、1967年にPh.D.を取得しました。翌1968年からは、ニューヨークにあるロックフェラー大学に移籍し、終生にわたってこの機関で研究活動を展開しました。彼の研究は高く評価され、1986年にはハワード・ヒューズ医学研究所からの研究資金援助も受けるようになりました。1987年にはアメリカ合衆国の市民権を取得しています。

科学的功績

ブローベルの最も重要な科学的貢献は、細胞内のタンパク質輸送と局在化に関するものです。細胞の中で作られる何千種類ものタンパク質は、それぞれが働くべき特定の場所（細胞質、細胞核、ミトコンドリア、小胞体、分泌経路など）へと正確に運ばれる必要があります。ブローベルは、この複雑な選別・輸送メカニズムの鍵となるのは、タンパク質分子自身に内在する「シグナル配列」と呼ばれる短いアミノ酸の並びであるという画期的な「シグナル仮説」を1970年代に提唱しました。

この仮説は、タンパク質が合成される際にこのシグナル配列が付加され、これが細胞内の特定の受容体によって認識されることで、タンパク質がしかるべき細胞内小器官へと導かれるというメカニズムを示唆するものでした。当初、この仮説は大胆なものとして受け止められましたが、その後のブローベル自身および多くの研究者による精力的な研究によって、シグナル配列の存在とその機能が次々と実証されていきました。この発見は、細胞生物学の根幹をなすものであり、細胞内コンパートメント間の物質輸送や、遺伝性疾患、癌など、様々な生命現象や病気の理解に不可欠な基礎知識となりました。彼のこの先駆的な研究は、1999年のノーベル生理学・医学賞受賞という形で世界的に認められました。

ドレスデン再建への貢献

ブローベルは、科学研究だけでなく、故郷であるドイツへの深い思い入れを持っていました。特に、第二次世界大戦中の空襲で破壊されたドレスデン聖母教会（フラウエン教会）の再建に並々ならぬ情熱を傾けました。彼は1994年に、この再建事業を支援するための非営利組織「フレンズ・オブ・ドレスデン（Friends of Dresden, Inc.）」を設立し、その代表を務めました。さらに特筆すべきは、彼がノーベル賞の賞金の大部分をこの再建事業に惜しみなく寄付したことです。彼の寄付は、荒廃した教会の再建費用として非常に大きな助けとなりました。

また、彼は聖母教会周辺のノイマルクト広場の再建や、歴史的なエルベ川渓谷の景観保全にも努めました。彼は、新しい橋の建設がこの美しい景観を損なうとして強く反対し、国際記念物遺跡会議（イコモス）に働きかけました。このブローベル氏らの働きかけがきっかけの一つとなり、UNESCO世界遺産委員会はエルベ川沿岸における新橋建設計画による景観への悪影響を問題視するようになりました。残念ながら、新橋建設は強行され、この一連の動きが、最終的にドレスデン・エルベ渓谷が2009年に世界遺産リストから削除されるという異例の事態につながりました。

受賞歴

ブローベルは、ノーベル賞以外にも多くの権威ある賞を受賞しています。主な受賞歴は以下の通りです。

1978年: 米国科学アカデミー賞分子生物学部門
1982年: ガードナー国際賞
1983年: リチャード・ラウンズベリー賞
1983年: オットー・ワールブルク・メダル
1986年: E・B・ウィルソン・メダル
1987年: ルイザ・グロス・ホロウィッツ賞（コロンビア大学より）
1992年: マックス・プランク賞
1993年: アルバート・ラスカー基礎医学研究賞
1995年: Ciba Drew Award in Biomedical Research
1996年: キング・ファイサル国際賞科学部門
1997年: Mayor's Award for Excellence in Science and Technology
1999年: マスリー賞
* 1999年: ノーベル生理学・医学賞

死去

ブローベルは、晩年までニューヨークのアッパーイーストサイドに妻と共に暮らしました。彼は2018年 2月18日、癌のため81歳でその生涯を閉じました。科学者としての偉大な功績に加え、故郷の文化遺産保護にも尽力した人物として、その名前は長く記憶されるでしょう。

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