クルス (ドッキングシステム)

クルス (Kurs)

クルスは、ロシアが開発・運用している宇宙船の自動ドッキングシステムです。ソビエト連邦時代にルーツを持ち、宇宙ステーションへの物資補給や人員輸送を行うソユーズ宇宙船やプログレス補給船が、軌道上の施設に安全かつ正確に接続するために不可欠な役割を担っています。英語での発音に基づき、日本語では「コーズ」と表記されることもあります。

開発背景と機能

このシステムは、1985年以前に精密機器研究所（NII TP）によって開発され、キエフ無線工場で製造が開始されました。先行するイグラシステムの後継として位置づけられており、より高度な自動化と信頼性を目指して設計されました。かつては旧ソ連の宇宙ステーション「ミール」へのドッキングに利用され、現在は国際宇宙ステーション（ISS）との間で広く使用されています。

クルスシステムの最も顕著な特徴は、その高度な自動ドッキング機能にあります。宇宙船が目標とする宇宙ステーションからおよそ150キロメートルから200キロメートル程度の距離に接近した時点でシステムが作動します。システムは無線通信を利用して、宇宙船とステーション間の正確な相対位置、すなわち距離と接近速度をリアルタイムで計測・把握します。このデータに基づき、宇宙船は完全に自律的に軌道を調整し、ステーションへと接近していきます。最終的なドッキングプロセスでは、毎秒10センチメートルから35センチメートルという非常に遅く、精密に制御された速度で、宇宙船先端の連結器がステーション側のドッキングポートに接続されます。

国際宇宙ステーションには、ロシアの宇宙船以外にも、日本の宇宙ステーション補給機「こうのとり」（HTV）や、かつて運用されていたアメリカのスペースシャトルなど、様々な宇宙船がドッキングを行いました。しかし、これらのシステムでは、最終的な接近や接続の段階で、手動操縦やロボットアームによる操作といった人手の介入が必要でした。これに対し、クルスシステムは、ドッキングの全工程を人手の操作なしに自動で完遂できる点が、他のシステムとの大きな違いであり、特筆すべき点です。

通常時は完全に自動で運用されますが、緊急事態が発生した場合に備え、宇宙船に搭乗している飛行士や宇宙ステーションに滞在中の飛行士が、コマンドを入力することで宇宙船の軌道や姿勢を遠隔から制御できる機能も存在します。ただし、この緊急時の手動操縦機能は、クルスシステムそのものの一部ではなく、TORUと呼ばれる別の独立した予備システムによって提供されるものです。

歴史的経緯とクルスの課題

1991年のソビエト連邦崩壊は、クルスシステムの運用体制にも大きな影響を与えました。システムの製造元であるキエフ無線工場がウクライナ領となったため、ロシア連邦宇宙局は、ウクライナからクルスシステムを調達する必要が生じました。宇宙ロケットの打ち上げビジネスにおいて、ロシアとウクライナは競合関係にあることや、国際通貨に関する問題が絡み合い、クルスシステムの価格が高騰しました。この状況を受け、ロシア連邦宇宙局は高コストとなったクルスシステムへの依存を減らすため、段階的な廃止と代替システムの開発を検討するようになりました。

後継システム：クルスNA

従来のクルスシステムが抱えるコストや技術的な課題を解決し、性能を向上させる目的で開発されたのが「クルスNA」です。クルスNAの最大の特徴は、ドッキングに必要なアンテナの本数が大幅に削減された点です。従来のクルスシステムが5本のアンテナを必要としたのに対し、クルスNAはわずか1本のアンテナで同等の、あるいはそれ以上の機能を実現します。これにより、システム全体の消費電力が低減され、より効率的な運用が可能となりました。

クルスNAの実用化に向けた飛行試験は、2012年7月に打ち上げられたプログレスM-15Mミッションや、2013年11月のプログレスM-21Mミッションで行われました。これらの試験を経て、2015年12月21日に打ち上げられたプログレスMS-01に初めて本格的に搭載され、同年12月23日にISSとの自動ドッキングに成功しました。クルスNAは、今後ロシアの新しい世代の宇宙船における標準的なドッキングシステムとして普及していくことが期待されています。

欧州補給機（ATV）での利用

興味深い応用例として、欧州宇宙機関（ESA）がISSへの物資輸送に使用した欧州補給機（ATV）でも、クルスシステムの一部であるロシア製のアンテナが採用されていました。ATVは独自のドッキングシステムを主に使用していましたが、万一の事態に備えた独立した冗長系のドッキング監視システムとして、ロシア製アンテナが搭載されていました。これは、ATV自身の自動接近やドッキングの制御には直接用いられず、あくまでバックアップとしてドッキング状況を監視するためのシステムでした。

関連情報

イグラ: クルスシステムに先行して使用されていた、同じくロシアの自動ドッキングシステム。
TORU: クルスシステムに問題が生じた際に、宇宙飛行士が手動で宇宙船を遠隔操作し、ドッキングを試みるための予備システム。

クルスシステムは、宇宙空間における高度な自動化技術の象徴であり、宇宙ステーションへの安定的なアクセスを支える重要な技術の一つです。後継のクルスNAへの移行は、宇宙開発における自動化技術の継続的な進化を示しています。

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