欧州補給機

欧州補給機 (ATV): 国際宇宙ステーションを支えた無人補給機

欧州補給機 (Automated Transfer Vehicle, ATV) は、欧州宇宙機関 (ESA) が開発した国際宇宙ステーション (ISS) への無人補給機です。燃料、水、空気、補給品、実験装置など、ISSの運用に必要な物資を輸送する重要な役割を担いました。さらに、ISSの軌道高度を維持するためのリブースト機能も有しています。

開発の背景と概要

ATVは、ロシアのプログレス補給船を補完する目的で開発されました。プログレスの3倍もの輸送能力を持ち、大型の貨物や液体、精密機器などをISSへ届けることが可能です。与圧された貨物室は、宇宙飛行士が宇宙服なしでアクセスできる構造で、スペースシャトルの多目的補給モジュール (MPLM) の技術が応用されています。また、プログレスと同様に、ISSで発生したゴミを搭載して大気圏で焼却処分する機能も備えています。

打ち上げは、フランス領ギアナのクールー宇宙基地からアリアン5ロケットによって行われます。約10日間の飛行を経てISSに到着し、ズヴェズダ後方のドッキングポートへ自動ドッキングします。2008年に初号機「ジュール・ヴェルヌ」が打ち上げられ、2014年の5号機「ジョルジュ・ルメートル」まで運用されました。

ATVの輸送能力

ATVの打ち上げ時の重量は約20.7トンで、最大7.667トンの貨物を輸送できます。その内訳は以下の通りです。

ドライ・カーゴ：補給品、科学実験用ペイロードなど (1500 - 5500 kg)
水：最大 840 kg
ガス：窒素、酸素、空気など (最大 100 kg)
ISSへの補給用推進剤：最大 860 kg (燃料 306 kg、酸化剤 554 kg)
* リブースト用推進剤：最大 4700 kg (モノメチルヒドラジン燃料と四酸化二窒素)

ドッキング解除後には、最大6.5トンのゴミを積載して大気圏へ再突入し、燃え尽きます。

開発体制と命名

ATVの開発は、EADSアストリアム・スペーストランスポーテーション社を中心としたコンソーシアムによって行われました。初号機「ジュール・ヴェルヌ」は、SF作家ジュール・ヴェルヌにちなんで命名されました。その後、2号機「ヨハネス・ケプラー」、3号機「エドアルド・アマルディ」、4号機「アルベルト・アインシュタイン」、5号機「ジョルジュ・ルメートル」と、科学者の名前が付けられています。

当初は7号機までの計画がありましたが、後にキャンセルされ、5号機で運用を終了しました。ESAはATV計画終了後、NASAのオリオン宇宙船の推進機構開発に注力しています。

ATVのミッション

ATVは、ギアナ宇宙センターからアリアン5ロケットで打ち上げられ、高度300kmの軌道へ投入されます。ロケット分離後は、誘導装置が作動し、スラスターを点火してISSへ向かう遷移軌道に入ります。約10日間の軌道調整後、ISSの後方30km、下方5kmの位置に到達し、最終アプローチを行います。

ISSとのドッキングは完全に自動で行われます。最終段階で問題が発生した場合には、衝突回避マニューバが作動します。また、非常時にはISSの宇宙飛行士がドッキングの中止命令を送信できます。ドッキング後、ISSの乗員は貨物区画へ入り、ペイロードを運び出します。ATVの液体タンクはISSの配管へ接続され、液体が移送されます。また、乗組員がバルブを開放することで、空気をISS船内へ放出することも可能です。ATVは最大6ヶ月間ISSにドッキングし、ISSで発生したゴミを積み込みます。ドッキング中は、ATVのスラスターを使ってISSの高度調整も行われます。

ミッションが完了すると、ゴミを積載したATVはISSから分離し、軌道速度を減速させて軌道から離脱、南太平洋上空で大気圏再突入し、燃え尽きます。

ATV発展型と有人化の提案

NASAがスペースシャトルを退役させた後、ESAはATVの発展型や改良型の可能性を研究しました。物資回収能力を持たせる案などが検討されましたが、実現には至りませんでした。

小型宇宙ステーション (MSS) コンセプトは、ATVを複数連結するもので、ロシアの宇宙船がATVを挟んでドッキングできる設計でした。また、PARESという弾道カプセルをATVに組み込み、貨物を回収する案や、数トンの貨物を回収できるCARVというリフティング・カプセルの計画もありましたが、財政的な理由から実現しませんでした。

さらに、ATVを有人宇宙船として利用する案も検討されました。貨物キャリアを有人カプセルに置き換え、乗員脱出システムを備えたCTV (Crew Transport Vehicle) は、4〜5人の乗員を輸送できる仕様でした。

EADSアストリアムとドイツ航空宇宙センター (DLR) は、ATVを基にした人員輸送システムの計画を発表しましたが、ESAの承認を得られませんでした。

ATVは、ISSの運用を支える重要な役割を果たしただけでなく、将来の宇宙開発に向けた技術的な基盤を築いたと言えるでしょう。

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