クレスト・オブ・ア・ネイヴ

ジェスロ・タル『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』：グラミー受賞と意外な反響

1987年、プログレッシブ・ロック・バンド、ジェスロ・タルは、活動休止期間を経て新作アルバム『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』(Crest of a Knave)を発表しました。これは、フロントマンであるイアン・アンダーソンが喉の病気療養のため、前作『アンダー・ラップス』(1984年)から3年ぶりのリリースとなりました。

本作は、活動休止の影響が色濃く反映されており、一部楽曲はドラマー不在の編成でレコーディングされ、アンダーソン自身がドラム・プログラミングも担当するなど、制作過程においても幾つかの試みがなされています。この大胆な試みは、彼らの音楽性における新たな地平を開拓する契機となりました。

チャート成績はまずまずの成功を収めました。イギリスでは全英アルバムチャートで10週に渡りトップ100入りし、最高位19位を記録。「スティール・モンキー」と「シー・ワズ・ア・ダンサー」の二曲がシングル・カットされ、それぞれ84位と55位にランクインしました。アメリカでも健闘し、Billboard 200に28週に渡りチャートイン、最高位32位を記録しました。さらに、オーストリアのアルバムチャートにも初登場19位でランクインを果たすなど、国際的な人気を維持していることを示しました。

しかし、『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』が世界に与えたインパクトは、商業的な成功だけにとどまりませんでした。本作は、第31回グラミー賞において最優秀ハードロック／メタル・パフォーマンス賞を受賞するという快挙を達成したのです。ジェスロ・タルにとって初のグラミー受賞であり、バンドの歴史に新たな1ページが刻まれました。

ところが、この受賞は、音楽業界に大きな波紋を広げました。ジェスロ・タルは一般的にヘヴィメタル・バンドとはみなされておらず、授賞式での反応は驚きと戸惑いに包まれました。プレゼンターを務めたアリス・クーパーは後に、受賞発表時の会場の沈黙と爆笑を振り返り、「誰もが受賞者はメタリカだと思っていた」と証言しています。

イアン・アンダーソン自身も、この受賞について複雑な思いを抱いていました。彼は、受賞発表後、会場からのブーイングや野次、そして沈黙を経験したことを明かし、「ナショナル・アカデミー・オブ・レコーディング・アーツ・アンド・サイエンスの6000人が、ジェスロ・タルをヘヴィロック／メタル・バンドとみなして投票したとは思いたくない」と語っています。彼は、この受賞はむしろ「良い奴らなのにグラミー賞を受賞したことがない」という理由によるものだったのではないかと推測しており、皮肉を込めて「片足立ちのフルート奏者賞」の創設を願っています。

このグラミー賞受賞は、音楽ジャーナリズムにおいても取り上げられ、『ガーディアン』紙は「ミリ・ヴァニリからスティーリー・ダンまで、最も不可解な5つのグラミー賞」という記事の中で、この受賞について言及しました。

音楽評論家のBruce Ederはオールミュージックにおいて、本作に5点満点中2.5点を付け、イアン・アンダーソンとメンバーがジェスロ・タルのサウンドを意識的にアップデートしようとした努力を評価しています。彼は、「全体的に見れば、かなりの成功作であり、間違いなく1978年以降の彼らが発表したアルバムとしては最高傑作である」と評しています。

『クレスト・オブ・ア・ネイヴ』は、商業的成功とグラミー賞受賞という輝かしい実績を残した一方で、その受賞を巡る議論と憶測を巻き起こした、ジェスロ・タルの歴史における重要な作品と言えるでしょう。このアルバムは、彼らの音楽性の幅広さと、時代の変化に対応しようとする彼らの柔軟性を示す、象徴的な作品と言えるでしょう。

収録曲 (CD版)

1. スティール・モンキー (Steel Monkey) – 3:37
2. ファーム・オン・ザ・フリーウェイ (Farm on the Freeway) – 6:31
3. ジャンプ・スタート (Jump Start) – 4:55
4. シー・ワズ・ア・ダンサー (Said She Was a Dancer) – 3:41
5. ドッグス・イン・ザ・ミッドウィンター (Dogs in the Midwinter) – 4:29
6. ブダペスト (Budapest) – 10:05
7. マウンテン・メン (Mountain Men) – 6:21
8. ウェイキング・エッジ (The Waking Edge) – 4:47
9. レイジング・スティーム (Raising Steam) – 4:12

2005年リマスターCDボーナス・トラック

10. パート・オブ・ザ・マシーン (Part of the Machine) – 6:54

参加ミュージシャン

イアン・アンダーソン：ボーカル、フルート、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギター、パーカッション、キーボード、シンクラヴィア、ドラム・プログラミング
マーティン・バー：リードギター
デイヴ・ペグ：ベース、アコースティック・ベース
ドーン・ペリー：ドラムス (一部楽曲)
ジェリー・コンウェイ：ドラムス (一部楽曲)
リック・サンダース：ヴァイオリン (一部楽曲)

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