クレメンツ・マーカム

クレメンツ・ロバート・マーカム

クレメンツ・ロバート・マーカム（Clements Robert Markham、1830年7月20日 - 1916年1月30日）は、19世紀から20世紀初頭にかけて活動したイギリスの著名な地理学者、探検家、そして多作な著作家でした。王立地理学会の運営に長年携わり、特に会長としてはイギリスの南極探検への関心を再燃させ、ディスカバリー遠征隊の組織を主導するなど、地理学と探検史において重要な役割を果たしました。

若き日の旅と公務

ヨークシャーで牧師の子として生まれたマーカムは、名門の家系に連なります。ウェストミンスター・スクールで学び、地理学や天文学に興味を抱きました。1844年、海軍士官候補生としてキャリアを開始し、HMSコリングウッドでの長期航海で太平洋を巡り、特にペルーの地に魅了されます。この航海で海軍の厳格な規律に疑問を持つようになり、退役を決意。しかし、ジョン・フランクリン卿の北極探検隊捜索のために編成された隊に、家族のコネクションを利用して参加。HMSアシスタンスに乗船し、北極での過酷な環境を経験しつつ、フランクリン隊の遺物や墓の発見に貢献しました。この探検後、海軍を離れます。

海軍退役後の1852年、私費でペルーへの長期旅行に出かけ、アンデス山脈を越えてインカ帝国の古都クスコなどを訪れ、地域の文化や歴史を深く学びました。この旅でキナノキの薬効についても知ることになります。帰国後、インド省の前身組織に職を得たマーカムは、1859年にはインド省の任務としてペルー・ボリビアからキナノキの苗や種子を収集し、インドへの移植を成功させるという重要なプロジェクトを主導しました。これはマラリア治療薬キニーネの国産化に繋がり、インド政府に多大な恩恵をもたらしました。この功績により、英国政府から報奨を受けています。また、1867年にはアビシニア遠征隊に地理学者として同行し、地形測量や自然観察を行い、マグダラ陥落にも立ち会いました。

王立地理学会の中心人物へ

1854年に王立地理学会のフェローとなったマーカムは、1863年からは25年間にわたり名誉書記官を務め、学会の運営に深く関与しました。この間、他の北極探検家たちの活動を支援・記録すると共に、活発な著作活動を展開し、多くの論文や報告書、歴史書、伝記、旅行記を世に送り出しました。特にハックルート協会では、書記官、そして会長として希少な旅行記の編集や翻訳を手がけましたが、その翻訳の質については後に批判的な見解も示されています。

1893年、学会内の論争の最中に「不在」の会長に選出されたマーカムは、以降12年間その職を務めました。会長就任後、学会の威信回復と地理学の進展のために、長らく中断されていたイギリスによる本格的な南極探検の実現を目指します。これは多くの科学者たちが主導を望んだのに対し、マーカムは海軍による事業として推進しようとし、学界内で大きな軋轢を生みました。粘り強い活動の結果、海軍主導の国営南極遠征隊（ディスカバリー遠征、1901-1904年）の組織が決定。マーカムは自身の庇護者であったロバート・スコットを隊長に抜擢し、遠征を成功に導きました。

晩年と評価

ディスカバリー遠征の成功後、75歳で王立地理学会会長を辞任しますが、その後も南極探検への関心を持ち続けました。特にスコットとは終生親密な関係を保ち、彼の家族とも交流がありましたが、同じく南極を探検したアーネスト・シャクルトンやウィリアム・スペアズ・ブルースに対しては敵意を示すなど、彼の一面が垣間見えます。スコットを熱心に擁護する一方、他の探検家の業績を軽視する姿勢は、後世の歴史家や当時の関係者から批判されることとなりました。例えば、アムンセンが王立地理学会に招かれた際には抗議して委員を辞任しています。

晩年も著作活動や旅行を続け、歴史書や伝記などを発表しました。1916年1月、自宅で読書中の火災事故により死去。国王や各界から弔辞が寄せられました。

マーカムの遺産は多岐にわたります。キナノキのインド移植は実質的な影響を残しました。王立地理学会やハックルート協会での長年の貢献は、探検記録の保存や地理学の普及に寄与しました。しかし、その情熱的な活動は時に批判も呼びました。学会運営の専制的な手法や、翻訳の正確さへの疑問、そして特定の探検家（特にスコット）への肩入れとその結果他の探検家との間に生じた確執は、後世の評価において避けて通れない点です。「学者というよりも熱狂者」という評価は、彼の強烈な個性と地理学分野に与えた影響を適切に表していると言えるでしょう。南極のマーカム山やパプアニューギニアのマーカム川など、彼の名にちなんだ地名が各地に残されています。

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