クールラント・ゼムガレン公国

クールラント・ゼムガレン公国：バルト海の興亡史

クールラント・ゼムガレン公国は、1562年から1795年にかけてバルト海沿岸に栄えた公国です。ポーランド王国、そしてその後継国家であるポーランド・リトアニア共和国の保護領として、独自の文化と歴史を築き上げました。その名称は、バルト海沿岸に居住していたクール人とゼムガリア人の部族に由来しています。1791年には完全独立を達成したものの、4年後の1795年、第3次ポーランド分割によってロシア帝国に併合され、歴史の舞台から姿を消しました。

リヴォニア騎士団の終焉と公国の誕生

1562年、リヴォニア戦争のさなか、長らくバルト海沿岸を支配してきたリヴォニア騎士団が解体されました。リヴォニア連盟は崩壊し、その領域は複数の勢力に分割されました。ヴィリニュス合同協定に基づき、エストニア南部とラトビア北部はリトアニア大公国に編入され、リヴォニア公国を形成しました。一方、ダウガヴァ川西岸とバルト海に挟まれたラトビア南部は、ポーランド王の臣下としてクールラント・ゼムガレン公国が成立しました。

初代公爵となったゴットハルト・ケトラーは、かつてリヴォニア騎士団の総長を務めていた人物です。騎士団の成員はクールラントの貴族となり、所領を改めて与えられました。ケトラー自身も広大な領地を所有し、ミタウ（現在のイェルガヴァ）を首都として、半年に一度議会を開催する体制が整えられました。しかし、クールラント全域が公国に属したわけではありませんでした。グロビン（グロビニャ）地方はプロイセン公国に、ピルテン（ピルテネ）司教領はデンマーク王子の支配下にありました。これらの地域は後に、クールラント公国に併合されました。

ケトラーはドイツ出身であり、公国はドイツの領邦国家に似た体制をとりました。1570年には農民を農奴とする制度を導入しました。ケトラーの死後、公国は二人の息子、フリードリヒとヴィルヘルムの間で分割統治される時代が訪れます。兄のフリードリヒはゼムガレン地方、弟のヴィルヘルムはクールラント地方を治めました。ヴィルヘルムは外交的な手腕でグロビン地方を取り戻し、金属加工業や造船業を振興させました。しかし、領主層との対立が深まり、最終的に公爵の座を追われることになります。

17世紀初頭にはポーランド・リトアニア共和国とスウェーデンとの間の戦争が勃発。スウェーデンはリヴォニア地方の北部と中部を支配下に置きました。クールラントは直接的な被害は少なかったものの、この戦争の影響を免れることはできませんでした。

クールラントの黄金時代とスウェーデンとの戦争

ヤーコプ・ケトラーの治世はクールラント公国の黄金時代と呼ばれます。西ヨーロッパの重商主義思想に感銘を受けたヤーコプは、鉄鋼業、造船業、火薬製造業などを積極的に発展させました。貿易相手もイングランド、フランス、ネーデルラントなど西ヨーロッパ諸国へと広がり、独自の商船隊も組織されました。ヤーコプはアフリカのガンビア川河口にある聖アンドレ島（現在のクンタ・キンテ島）と西インド諸島のトバゴ島に植民地を建設しました。これらの植民地からは、象牙、金、毛皮、砂糖、タバコなど貴重な資源がもたらされました。

しかし、クールラントはスウェーデンとポーランド・リトアニア共和国の争奪の対象であり続けました。1655年、スウェーデン軍が侵攻し、大規模な戦争が勃発します。ヤーコプはスウェーデン軍に捕虜となり、植民地を失うなど大きな被害を受けました。1660年のオリヴァ条約で戦争は終結しましたが、クールラントはかつての繁栄を取り戻すことができませんでした。

ヤーコプの後継者であるフリードリヒ・カジミールは贅沢な生活を送ったため、公国の財政は悪化の一途をたどりました。トバゴ島を売却するなど、財政難を解消するための苦渋の決断を強いられました。彼の治世後期には、ポーランド・リトアニア共和国とロシアの影響力が強まりました。

ロシアとポーランドの支配権争いと公国の消滅

フリードリヒ・ヴィルヘルムの時代には、大北方戦争が勃発し、ロシアの影響力が強まりました。フリードリヒ・ヴィルヘルムはロシアのピョートル大帝の姪と結婚しますが、帰国途中に病死します。その後、彼の未亡人であるアンナ・イヴァノヴナがロシア女帝となり、クールラントにも大きな影響力を及ぼしました。

ケトラー家の断絶を機に、多くの公爵候補が現れ、ポーランドとロシアの支配権争いが激化しました。最終的に、ロシア女帝アンナの寵臣であるエルンスト・ヨハン・フォン・ビロンが公爵に任命されましたが、アンナの死後失脚し、その後も、さまざまな人物が公爵の座を争いました。ロシアはクールラントに対する支配力を強め、最終的に第3次ポーランド分割の際に、クールラントはロシア帝国に併合され、その歴史に幕を閉じました。1795年3月28日、最後の公爵ペーター・フォン・ビロンはロシアへの帰属を承認し、クールラント・ゼムガレン公国は消滅しました。

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