グナエウス・ポンペイウス・トログス

グナエウス・ポンペイウス・トログス：『ピリッポス史』にみる歴史観

グナエウス・ポンペイウス・トログス（Gnaeus Pompēius Trōgus）は、紀元前1世紀のローマで活躍した歴史家であり、彼の著作『ピリッポス史』（Historiarum Philippicarum）は、古代地中海世界の歴史を捉えた重要な文献として知られています。

生涯と背景

トログスの祖先は、ガリア・ナルボネンシスのケルト人種族であるウォコンティ族に遡ります。彼の祖父トログス・ポンペイウスは、セルトリウス戦争でグナエウス・ポンペイウスに仕え、その功績によりローマ市民権を得ました。また、彼の親族もポンペイウスやカエサルの下でローマ軍の将校として活躍したと伝えられています。

トログスは『ピリッポス史』の他に『動物について』（De animalibus）を著しましたが、後者は断片的に大プリニウスの『博物誌』に収録されているのみです。

『ピリッポス史』とその特徴

『ピリッポス史』は、紀元前19年から紀元前2年の間に書かれたと推定されています。残念ながら、現存するのは3世紀にユニアヌス・ユスティヌスによって作成された抄録のみであり、原著は失われています。しかし、ウェッレイウス・パテルクルス、クルティウス・ルフス、ウァレリウス・マクシムスといったラテン語の歴史家によって引用され、アウグスティヌスやオロシウスにも参照されるなど、後世に大きな影響を与えました。

『ピリッポス史』の特徴は、単なる政治史に留まらず、自然誌・民族誌・地誌といった幅広い内容を包含している点にあります。トログスは、人間の歴史を自然誌の一部として捉える視点を持っており、これはヘロドトスやポセイドニオスといったギリシアの歴史家、あるいはカエサルの『ガリア戦記』やタキトゥスの『ゲルマニア』といったローマの歴史書にも共通する特徴です。

トログスは、古代ローマだけでなく地中海世界全体の歴史を、個々の歴史家の記述を基に、時代順かつ事態の繋がりを重視してまとめ上げました。この手法は、ポリュビオスが『歴史』で採用し、ポセイドニオスを通じてトログスが引き継いだものであり、後のドイツ史家によって「普遍史」として復権されることになります。

歴史観と後世への影響

サルスティウスの影響を受けたトログスは、同時代のローマに対して悲観的な見方を持っていました。彼は、ローマが古来の共和制の美徳を失いつつあり、没落して次の帝国に取って代わられるのではないかと危惧していました。教会史家ヒエロニムスは、トログスの作品を推奨に値する歴史書として挙げ、「帝権の変遷・継承」という考え方は、ヒエロニムスの年代記を通じてキリスト教徒に伝えられました。

『ピリッポス史』は、古代世界の歴史を理解する上で貴重な情報源であると同時に、歴史を包括的に捉えようとするトログスの姿勢は、後世の歴史研究に大きな影響を与えました。彼の業績は、歴史叙述のあり方を考える上で重要な示唆を与えてくれます。

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