ケネス・アンガー

ケネス・アンガー（Kenneth Anger, 1927年 2月3日 - 2023年5月11日）は、アメリカ合衆国の映画監督であり、俳優としても活動しました。

人物

アンガーの作品は、精神世界を深く投影した難解なものが多く、実験映画と称されることがあります。カルト映画やアンダーグラウンド映画として紹介されることも少なくありません。その作風は、個人が深く傾倒する神秘主義や悪魔主義をテーマにしたものが多く見られます。ただし、2010年のインタビューでは、自身はサタニストではないと語っています。

同性愛者としても知られ、処女作『花火』では同性への激しい性衝動を描いたことで、わいせつ容疑で逮捕されるという事件も経験しました。

2023年5月11日、カリフォルニア州の介護施設で96歳で死去しました。

経歴

アンガーは、カリフォルニア州サンタモニカで生まれました。本名はケネス・ウィルバー・アングルマイヤー（Kenneth Wilbur Anglemyer）です。

高校時代に読んだ本をきっかけに、超自然現象や儀式魔術に関心を抱き、10代後半にはアレイスター・クロウリーが提唱したセレマの信奉者となりました。これらのオカルトへの探究心は、彼のライフワークとなり、映画監督としてのキャリアに大きな影響を与えました。また、子供の頃からSF映画を好み、学生時代には自主制作で映画を撮り、自宅で特殊効果を再現して楽しむこともありました。この特殊効果や映像処理への嗜好が、彼の作品に独特な質感をもたらし、「シュールかつオカルティックな映像作家」としての評価を確立しました。

幼少期には子役としても活動したと主張していますが、マックス・ラインハルト監督の1935年の映画『真夏の夜の夢』への出演については、配給元のワーナーによって否定されています。アンガーが演じたと主張するインディアン・プリンスの役は、シーラ・ブラウンという子役が演じており、しかもシーラ・ブラウンは女性であることがわかっています。

映画監督として

アンガーは9歳頃から遊びで映画を撮り始めましたが、その頃のフィルムは紛失しており、現存していません。その後、南カリフォルニア大学で映画を学び、20歳の時に初めてプロとして発表した作品が『花火（1947年）』です。この短編映画は、アンガー自身が主演を務めています。

この頃、アンガーは既に同性愛を自覚しており、私生活でもゲイへの偏見によるトラブルが警察沙汰に発展することがありました。当時のアメリカでは、現在ほど同性愛への理解が進んでおらず、『花火』では「主役が妄想の中で水兵たちにリンチを受け、輪姦される」という暗喩的な演出を通して、アンガー自身の苦悩と性的欲求が激しく投影されています。

結果として、『花火』はゲイ・ポルノとして扱われ、わいせつ容疑で逮捕されることになりました。しかし、アンガー自身が「私はアメリカのアバンギャルドだった」と語るように、この作品における性的描写は、主人公に浴びせられる「白い液体」や「公衆便所」、「射精を思わせる煙」といったイメージをコラージュした抽象的なものであり、性交そのものをメインとするポルノ映画とは一線を画していました。現代では、その芸術性が再評価されています。

60年代中期には、ロックミュージシャンとの交流が盛んになり、ローリング・ストーンズやマンソン・ファミリーの一員となるボビー・ボーソレイユと映画を制作しました。ローリング・ストーンズのミック・ジャガーとは1969年の『我が悪魔の兄弟の呪文』、ボビー・ボーソレイユとは1973年の『ルシファー・ライジング』を制作しています。

短編映画『ルシファー・ライジング』

1966年に撮影が開始されましたが、フィルムの盗難、度重なるキャスティングの変更、制作資金の問題など、様々なトラブルが重なり、一時制作が放棄されました。さらに、作品に深く関わったボビー・ボーソレイユが凶悪な殺人事件を起こしたことも、公開を遅らせる要因となりました。結局、1980年まで公開が難航しました。

アンガー自身の発言によれば、一度撮影を放棄した『ルシファー・ライジング』のフィルムは、1969年の作品『我が悪魔の兄弟の呪文』に一部流用されています。

サウンドトラック制作には、レッド・ツェッペリンのギタリストであるジミー・ペイジが関わったとされています。長年にわたり、出所不明の音源が海賊盤として世界中に流通し、音楽コレクターやロックファンの間で知られています。これらの非公式な音源は劇中では使用されていません。

ボビー・ボーソレイユは、サイケデリック・ガレージロックバンド「ラヴ」のアーサー・リーと活動を共にしていた経緯があり、公式に「ボビー・ボーソレイユ＆フリーダム・オーケストラ」として『ルシファー・ライジング』のサウンドトラックを手がけることになりました。また、劇中ではルシファー役として出演しています。

1966年にフィルムが盗難にあったため、1972年に再撮影が行われました。再撮影版には、ミック・ジャガーと親交のあったマリアンヌ・フェイスフルが出演しています。当初、ルシファー役はミック・ジャガーの弟であるクリス・ジャガーが演じていましたが、再撮影の際に削除され、ボーソレイユが演じることになりました。

サウンドトラック

当初、映画音楽はレッド・ツェッペリンのギタリスト、ジミー・ペイジに依頼されました。ペイジは当時、黒魔術に傾倒していると噂されており、アレイスター・クロウリーが住んでいた家を購入するなど、アンガーの好奇心をそそる存在でした。アンガーにとって、移動用のジャンボジェット機を所有するような大物ギタリストは、資金難に苦しむ映画制作にとって魅力的な存在でした。実際に、ペイジはロンドンの自宅であるタワー・ハウスの地下室を映画撮影に提供しています。

しかし、ペイジが『ルシファー・ライジング』のために制作したスコアは23分で、28分の映像を音楽で埋めたかったアンガーにとっては不十分でした。アンガーは「ペイジが3年もかけて作ったのは23分のドローンだ」と不満を漏らし、プレスに対して「オカルトと麻薬を道楽半分にする人間だ」とペイジを中傷し、「White Lady（コカインのスラング）とできている。完成まで時間がかかったのは麻薬のせいだ」と非難しました。ペイジはこれに対し、「アンガーには義務を果たしたうえ、自分の映画編集機材を貸してまで、映画完成のために貢献したのに」と反論しました。

結局、ペイジの制作した音源は採用されず、1979年にボーソレイユが獄中で新たに曲を書き録音したものが使用されました。しかし、ペイジ・バージョンの未採用スコアは流出し、1987年に海賊盤としてリリースされ、コレクターの間で高値で取引されました。近年、海賊盤CDが登場したことで、安価で入手できるようになり、希少価値は薄れています。

ジミー・ペイジは2012年に、公式に『Lucifer Rising』をアナログ限定盤としてリリースし、ファンを驚かせました。

スキャンダル

1959年、パリでハリウッドのスキャンダル暴露本『ハリウッド・バビロン (Hollywood Babylon)』を出版し、賛否両論を呼びました。アメリカでは1965年に海賊版が出回りましたが、公式版が発売されたのは1974年になってからです。

オカルトへの関心から、アンガーは様々な個人やグループと接触しました。サタン教会の設立者であるアントン・ラヴェイとは、1960年代の設立前から友人であり、1980年代にはラヴェイの家族と一緒に暮らしていました。

1980年代初期から新作を発表していませんでしたが、21世紀に入ってから映画制作に復帰しました。2008年には、ブライオン・ガイシンとドリーマシーンについてのドキュメンタリー『FLicKeR』に出演しています。

フィルモグラフィ

（MLCは『マジック・ランタン・サイクル』に含まれるもの）

Who Has Been Rocking My Dreamboat（1941年。消失）
Tinsel Tree（1941年 - 1942年。消失）
Prisoner of Mars（1942年。消失）
The Nest（1943年。消失）
Escape Episode（1944年。消失）
Drastic Demise（1945年。消失）
Escape Episode (shorter sound version)（1946年。消失）
花火（Fireworks, 1947年。MLC）
プース・モーメント（Puce Moment, 1949年。MLC）
The Love That Whirls（1949年。消失）
Maldoror（1951年 - 1952年。未完成。消失）
人造の水（Eaux d'Artifice, 1953年。MLC）
Le Jeune Homme et la Mort（1953年。消失）
快楽殿の創造（Inauguration of the Pleasure Dome, 1954年。MLC） - 1966年にカットしたSacred Mushroom Editionがある。
Thelema Abbey（1955年。消失）
Histoire d'O（1959年 - 1961年。消失）
スコピオ・ライジング（Scorpio Rising, 1963年。MLC）
K.K.K.（Kustom Kar Kommandos, 1965年。MLC）
我が悪魔の兄弟の呪文（Invocation Of My Demon Brother, 1969年。MLC）
ルシファー・ライジング（Lucifer Rising, 1970年 - 1980年。MLC）
ラビッツ・ムーン（Rabbit's Moon, 1950年 - 1972年。MLC）
Senators in Bondage（1976年。消失）
ラビッツ・ムーン (shorter 'jump printed' version)（1979年。MLC）
Don't Smoke That Cigarette（2000年）
The Man We Want to Hang（1995年 - 2002年）
Anger Sees Red（2004年）
Elliott's Suicide（2004年）
Mouse Heaven（1986年 - 2004年）
Ich Will!（2000年 - 2007年）

著作

ハリウッド・バビロン - 訳：明石三世（リブロポート）/訳：堤雅久（クイックフオックス社）

脚注

外部リンク

ケネス・アンガー - allcinema
ケネス・アンガー - KINENOTE
* Kenneth Anger - IMDb（英語）

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