ケムニッツ市電

ドイツ東部に位置する工業都市、ケムニッツの重要な公共交通機関である路面電車システムは、長い歴史と独自の発展を遂げてきました。特に近年は、都市中心部と郊外を結ぶ斬新なトラムトレイン方式、「ケムニッツ・モデル」の展開で注目されています。この記事では、ケムニッツ市内で主に運行される路面電車、ケムニッツ交通株式会社（Chemnitzer Verkehrs-Aktiengesellschaft、CVAG）が運営する系統を中心に解説します。トラムトレイン系統は、CVAGも出資する子会社であるシティバーン・ケムニッツ（City-Bahn Chemnitz）によって運営されています。

歴史

馬車鉄道から電化へ

ケムニッツ市内に軌道交通が初めて登場したのは1880年 4月22日のことでした。これはイギリスの実業家グループによって建設・運営が開始された馬車鉄道です。開業当初はユニークな形態で、特定の停留所は設けられず、利用客は乗りたい場所で手を挙げて合図を送ることで乗車できました。軌間はイギリスの単位に基づく915ミリメートルという狭軌が採用されています。この事業は1882年にドイツの企業に買収され、「総合地域軌道」と社名が変更されました。その後、路線網は急速に拡大し、1892年には総延長7.15キロメートル、車両25両、馬60頭を保有し、年間利用者数は153万人に達しました。

1890年代に入ると、動力の電化が検討され、1893年 12月19日には市内で初の路面電車が営業運転を開始しました。翌1894年には全線の電化が完了しましたが、利用の少ない時間帯にはしばらく馬車鉄道が運行され続けました。完全に路面電車のみの運行体制に移行したのは、開業から約18年を経た1898年のことです。

戦前・戦中

路面電車への転換後、ケムニッツ市電はさらなる発展を遂げます。1904年には営業キロ34.9キロメートル、10系統を有する路線網が構築されました。ケムニッツが工業都市として成長するにつれて利用者も増加の一途をたどり、1913年には年間3,200万人を超える利用を記録しています。1908年には路面電車の運営権がケムニッツ市に移管され、この際に軌間がわずかに広い925ミリメートルに変更されました。

第一次世界大戦が勃発すると、従業員の半数以上が兵役に就いたため、一時的に女性が運転手や各種作業に従事しました。終戦を経て、市電は再び発展期を迎え、本格的に運行を開始した路線バスと共にケムニッツ市内の重要な交通機関としての地位を確立しました。交通機関全体の年間利用客数は1929年には約6,400万人に達し、車両数も460両以上と大幅に増加しました。第二次世界大戦中も利用者数は増加傾向が続き、1944年には約8,970万人のピークを迎えましたが、戦争末期の度重なる空襲により市内は壊滅的な被害を受け、路面電車も度々運行停止を余儀なくされました。運転が再開され、本格的な復旧作業が始まったのは1945年5月以降のことです。

東ドイツ時代と標準軌化

第二次世界大戦後、東ドイツ領となったケムニッツ市電の運営組織は再編を繰り返し、1952年には人民公社「ケムニッツ交通公社」となりました。都市名がカール＝マルクス＝シュタットに変更されると、1960年からは「カール＝マルクス＝シュタット交通公社」に改称されます。

長らく馬車鉄道由来の925ミリメートル軌間を維持していましたが、車両や施設の老朽化、輸送力不足が深刻化しました。この状況を打開するため、1956年にケムニッツ市議会は路線網全体の抜本的な近代化の一環として、軌間を国際標準である1,435ミリメートルに変更することを決定しました。これに基づき1958年に改軌工事が始まり、社名が変更された1960年から標準軌による最初の系統運行が開始されました。当初は東ドイツ製の車両が使用されましたが、経済相互援助会議（コメコン）の方針で東ドイツ国内での路面電車車両生産が終了したため、1969年からはチェコスロバキア（現在のチェコ）製の大型ボギー車、タトラT3の大量導入が始まり、長期にわたる主力車両となりました。

以降、改軌や延伸が進められ標準軌の路線網が拡大する一方、925ミリメートル軌間の路線は改軌されずにバス路線へ転換されるなどして規模を縮小していきました。最後に残っていた狭軌区間も1988年 11月6日をもって営業運転を終了し、ケムニッツ市電は標準軌に統一されました。

現代へ

1989年のベルリンの壁崩壊を経てドイツが再統一されると、経済体制の変革に伴い、ケムニッツ市電の運営組織も国営人民公社から市の出資する私企業へと転換されることになりました。1990年 6月26日、公共交通事業を担う「ケムニッツ交通株式会社（CVAG）」が発足します。発足後、輸送需要の変化により一部の車両が余剰となり廃車されましたが、残った車両に対しては大規模な近代化改修が施されました。また、時代の流れに合わせて超低床電車の導入も進められ、1993年にはバリオバーンの試作車が導入されました。1998年からは本格的な量産車の導入が始まり、長年主力だったタトラT3の置き換えが進みました。バリオバーンの導入に合わせ、1995年には最新の機器を備えた車庫の増設も行われました。

ケムニッツ・モデル

2000年代以降、ケムニッツ市電に関連する路線網の整備・拡張は、「ケムニッツ・モデル」と呼ばれるプロジェクトが主体となっています。これは、ケムニッツと周辺郊外を結ぶ鉄道路線へ路面電車が直通運転を行う、いわゆるトラムトレイン方式です。都市中心部からやや離れた位置にあるケムニッツ中央駅を経由することで、中心部と郊外とのアクセス向上を目指しています。2002年に最初の系統が営業を開始して以来、2020年時点では4系統が運行されています。

ケムニッツ・モデルの展開に合わせて、ケムニッツ市電の路線側でも整備や延伸が実施されました。特に、駅舎の建て替えを含む大規模改修が行われたケムニッツ中央駅には、2013年以降、市電が直接乗り入れるようになり、長距離・中距離列車との乗り換えが格段に便利になりました。また、ケムニッツ・モデルの南部方面への拡張に伴い、2017年には市電路線もテクノパーク電停まで延伸されています。この区間にはトラムトレイン系統に加えて、2020年時点で市電の1系統も乗り入れています。

これらの「ケムニッツ・モデル」におけるトラムトレインの運行は、ケムニッツ交通（CVAG）も出資している子会社、シティバーン・ケムニッツが行っています。

運行と運賃

2020年現在、ケムニッツ市電では、ケムニッツ交通が運営する市内完結系統が5系統、シティバーン・ケムニッツが運営するトラムトレイン系統が4系統あり、合計9系統が運行されています。

ケムニッツ交通およびシティバーン・ケムニッツは、ケムニッツを含むザクセン州中央部の主要な公共交通事業者と共に「中央ザクセン交通協会（Verkehrsverbundes Mittelsachsen、VMS）」に加盟しています。これにより、協会共通のゾーン制運賃が適用されており、他の加盟事業者の路線を含めて共通の乗車券で利用可能です。ケムニッツ市内は「ゾーン13」に位置付けられており、2020年時点での片道運賃は2.2ユーロです。この他、1日券、1週間券、1ヵ月券など様々な種類の乗車券が発行されています。また、VMSではスマートフォンアプリを用いた運賃決済サービス「HTD（HANDYTICKET DEUTSCHLAND）」も提供しています。

車両

2020年現在、ケムニッツ交通が保有し、市電系統で主に運用されている営業用車両は以下の通りです。これら以外にも、狭軌時代の車両を含む過去の車両が、市電車庫の一部を利用したケムニッツ路面電車博物館で保存されており、標準軌に対応した一部の車両は動態保存による運行も行われています。

- タトラT3：東ドイツ時代に130両もの大量が導入された、チェコスロバキア（現：チェコ）のČKDタトラ製のボギー車です。付随車のタトラB3と共に使用され、ドイツ再統一後の1990年代以降には大規模な近代化改修も行われました。しかし、超低床電車への置き換えが進み、後述のシュコダ35T導入に伴い、全ての車両が定期運用から撤退することになっています。
- バリオバーン：ドイツの鉄道車両メーカーであるアドトランツで製造された、車内全体が低床構造となっている超低床電車です。ケムニッツ市電はバリオバーンが最初に導入された路線の一つであり、2020年時点では片運転台タイプと両運転台タイプの両方が運用されています。
- シュコダ35T：チェコのシュコダ・トランスポーテーションが展開する超低床電車「フォアシティ・クラシック」シリーズの形式です。タトラT3を置き換える目的で導入が決定され、2019年から2020年にかけて14両が導入されています。

ケムニッツ市電は、その長い歴史の中で技術革新と都市構造の変化に対応し、トラムトレインという新たな形態を取り入れながら、地域住民の足として重要な役割を担い続けています。

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