ケリュネイアの鹿

ケリュネイアの鹿

ケリュネイアの鹿（古代ギリシャ語：Κερυνῖτις ἔλαφος）は、古代ギリシア神話に語り継がれる、類まれな特徴を持つ巨大な雌鹿です。その容姿は荘厳で、光り輝く黄金の角と、大地を力強く踏みしめる青銅の蹄を持っていました。並外れた俊足の持ち主であり、放たれた矢をも凌ぐ速さで野を駆け巡ることができたといいます。この神聖な生き物は、狩猟と野生動物の女神アルテミスにとって特別な存在であり、彼女の聖獣とされていました。

物語によれば、この雌鹿はアルテミスがリュカイオン山中を探索している際に自ら見つけ出し、捕獲した五頭の鹿のうちの一頭でした。他の四頭はアルテミスが自身の戦車を引かせるために繋ぎましたが、この一頭だけはそのあまりの速さゆえに、狩猟の神であるアルテミスですら完全に捕らえることが難しかったと伝えられています。後に、大神ゼウスの妻であり、ヘーラクレースに強い敵意を抱く女神ヘーラーの企てにより、この鹿は英雄ヘーラクレースを試すための試練として、ケリュネイアの山中に放たれることになります。

ケリュネイアの鹿の捕獲は、ヘーラクレースが課せられた十二の難行の一つ、すなわち第三の功業として彼に降りかかります。

ヘーラクレースによる捕獲

前の二つの難業（ネメアーの獅子退治とレルネーのヒュドラー退治）を終えたヘーラクレースに対し、彼に試練を与えるミュケーナイ王エウリュステウスは、より困難な課題を考え出す必要に迫られていました。そこで彼は、聖獣であるケリュネイアの鹿を「生け捕りにする」という第三の試練を思いつきます。これは、鹿を傷つけることなく捕らえるという困難さに加え、アルテミスの聖なる鹿に手をかけることで女神の怒りを買い、ヘーラクレースが破滅することを期待してのものでした。

ケリュネイアの鹿はその驚異的な速さから、ヘーラクレースにとって容易ならぬ相手でした。彼はこの雌鹿を追跡するため、なんとまる一年もの長い歳月を費やすことになります。古代ギリシアのみならず、遠く離れたトラーキア、イストリア、そして伝説上の地ヒュペルボレイオスといった広範な地域を徒歩で駆け巡り、鹿の姿を追い続けました。そしてついに一年後、雌鹿がラードーン川のほとりで水を飲むために立ち止まった隙を捉え、ヘーラクレースは手にした矢でその脚を射て動きを封じました。この矢は、以前退治したヒュドラーの猛毒の血が塗られていたとされますが、鹿の脚に軽い傷を負わせるに留まったようです。

鹿を捕らえ、故郷ミュケーナイへの帰路を急ぐ途中、ヘーラクレースは偶然にもアルテミスとその双子の兄である光明神アポローンに遭遇します。二神はヘーラクレースが自分たちの聖獣を殺したと思い込み、激しい怒りを示しました。しかし、ヘーラクレースが自身に課せられた苦行の一環として鹿を捕らえねばならなかった事情、そして鹿がまだ生きていることを丁寧に説明し、必ずアルテミスに鹿を返すことを誓うと、アルテミスの怒りは静まったといいます。こうして、ヘーラクレースをアルテミスの手で罰せようとしたエウリュステウスの悪意ある計画は失敗に終わったのです。

その後、ヘーラクレースは無事にミュケーナイに到着し、第三の功業を完了させました。捕らえられたケリュネイアの鹿は、約束通りアルテミスのもとへ返されたと伝えられています。

神話の起源に関する一考察

ケリュネイアの鹿の物語には、当時のギリシアには存在しなかったとされる「角の生えた雌鹿」が登場します。これは、雌雄ともに角を持つトナカイ（馴鹿）の特徴を連想させます。この点に着目したイギリスの著名な文学者ロバート・グレーヴスは、この神話の起源が、トナカイが生息する北方の地域に伝わる古い伝承にあるのではないかという興味深い説を提唱しています。この説は、神話が異なる文化圏の交流や伝播によって形成される可能性を示唆しており、ケリュネイアの鹿の物語に新たな深みを与えています。

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