ゲロンティアスの夢

『ゲロンティアスの夢』作品38は、イギリスの作曲家エドワード・エルガーによるオラトリオです。『ジェロンティアスの夢』とも表記されます。この作品は、ジョン・ヘンリー・ニューマン枢機卿の同名の長編詩を原典としており、死を迎えたゲロンティアスという人物の魂が、神のもとへ導かれるまでの神秘的な旅を描いています。

作曲の背景と初演

エルガーは1889年に、自身のヴァイオリンの教え子であり、年上のキャロライン・アリス・ロバーツと結婚しました。この結婚を祝して、彼らが暮らしたウスターのナイト神父から贈られたのが、カトリック教徒であったエルガーが深く感銘を受けたニューマン枢機卿の詩『ゲロンティアスの夢』でした。エルガーはこの詩に長年心を寄せ、その思想を自身の音楽的な発想として徐々に吸収していったと述懐しています。構想から長い年月を経て、作品は1900年、エルガーが43歳を迎えた直後の6月6日に完成しました。

初演は同年10月3日、バーミンガム音楽祭でハンス・リヒターの指揮により行われました。当時のイギリスではヘンデル式のオラトリオが主流であり、聴衆はエルガーの斬新な音楽的手法に当初は戸惑いを隠せませんでした。しかし、劇作家バーナード・ショウをはじめとする一部の批評家は、この作品に込められた神秘性や詩情、合唱の効果的な使い方、鮮やかな音楽的表現、そして気高い精神性を高く評価し、傑作として認めました。

国際的な評価と定着

この作品の評価はイギリス国内に留まりませんでした。1901年12月19日には、ユリウス・ブーツによるドイツ語訳版がデュッセルドルフで初演され、ブーツ自身の指揮で再演も行われました。この公演に出席したリヒャルト・シュトラウスは、レセプションで「イギリスの最初の進歩的な作曲家、エルガーの成功と健康に乾杯」と祝辞を述べ、これによりエルガーの名はドイツでも広く知られることとなりました。

やがて『ゲロンティアスの夢』はイギリスの聴衆からも深く愛されるようになり、ヘンデルの『メサイア』、メンデルスゾーンの『エリヤ』と並んで、イギリスにおける「三大オラトリオ」の一つとして親しまれる存在となっていきました。

日本における初演は1975年9月19日、東京厚生年金会館で、山口貴の指揮、フィルハーモニー合唱団、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏によって実現しています。

登場人物と編成

このオラトリオは、主に以下の登場人物によって物語が紡がれます。

ゲロンティアス（テノール）：死にゆく、あるいは魂となった主人公。
司祭（バリトン）：第1部に登場し、ゲロンティアスを導く。
友人たち（混声合唱）：第1部でゲロンティアスのために祈る。
天使（メゾソプラノ）：第2部で魂となったゲロンティアスを導く。
苦しみの天使（バリトン）：第2部で登場。
悪魔たち、エンジェリカルたち、煉獄の魂たち（混声合唱）：第2部で様々な役割を担う。
* 神（管弦楽）：直接は歌わず、音楽によって存在が示される。

楽器編成は、フルート（ピッコロ持ち替え）、オーボエ（コールアングレ持ち替え）、クラリネット、バスクラリネット、ファゴット、コントラファゴット、ホルン、トランペット、トロンボーン、テューバといった木管・金管楽器に加え、ティンパニ、大太鼓、シンバルなどの打楽器、鐘類（鈴、ベル、グロッケンシュピールなど）、ハープ、オルガン、そして弦五部からなる大編成のオーケストラが用いられます。

構成とあらすじ

作品は全2部構成で、第1部は約30分、第2部は約55分を要します。

第1部
荘重な序曲は、作品全体の主要なモチーフを提示し、物語の始まりを告げます。序曲がクライマックスを経て冒頭の不安げな主題に戻ると、物語は瀕死の状態にあるゲロンティアスの描写へと移ります。死への恐怖に苛まれたゲロンティアスは、救いを求めて祈りを捧げます。これに応えるように、友人たちも彼の魂のために一斉に祈りの歌声を響かせます。第1部の音楽は、「不安」や「恐れ」、「病」といった重苦しい雰囲気に支配されていますが、ゲロンティアスの歌う「Sanctus Fortis」（聖なる強き神よ）はこの部の音楽的な頂点を形成します。やがて登場する司祭が、かすかな希望の光を差し伸べるかのようにゲロンティアスを導き、彼は穏やかな心を取り戻してこの世を旅立ちます。

第2部
この世を離れたゲロンティアスの意識は、肉体を離れた魂として存在します。ここで彼は導きの天使と出会います。死後の世界に対する不安を拭えないゲロンティアスは、天使に導かれながら旅を進めます。旅の途中では、魂を堕落させようとする悪魔たちが醜い呪いの言葉を投げかけ攻撃を仕掛けますが、天使の助けを得てこれをやり過ごします。次に彼が耳にするのは、エンジェリカルたちの壮大かつ崇高な歌声です。この響きに触れることで、ゲロンティアスから「恐れ」が完全に消え去ります。そして、苦しみの天使から祝福の言葉を受けたゲロンティアスは、ついに「その時」、すなわち神との対面を迎えます。ほんの一瞬ではありますが、彼は神の存在を垣間見ます。この瞬間、彼の内なる全てが清められ、浄化されます。導きの役目を終えた天使は、エンジェリカルたちと共に、清らかで感動的な別れの歌を歌い、魂となったゲロンティアスが煉獄へと送られる場面で物語は静かに幕を閉じます。

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