ゲンス

古代ローマ社会において、ゲンス（Gens）とは、初期に形成された氏族、あるいは氏族集団を指す言葉です。複数の家族が共通の氏族名を共有し、祭礼などの共通の概念によって結びついて構成された集団でした。ゲンスは必ずしも血縁関係だけで成り立っていたわけではなく、クリエンテス（庇護民）もその構成員として含まれていました。

共和政ローマ時代、特に紀元前300年のオグルニウス法を巡る論争において、ゲンスが重要な役割を果たしていたことが伺えます。この法律は、従来パトリキ（貴族）が独占していた神官職をプレブス（平民）にも開放しようとするものでした。紀元前312年の執政官であったプブリウス・デキウス・ムスは、この法律を支持する演説の中で、「プレブスは鳥卜権（アウグルの行う鳥占い）やゲンスをパトリキが独占していると常々聞かされてきた」と述べています。この発言からも、ゲンスがパトリキの特権の一つと見なされていたことがうかがえます。

ただし、史料においてプレブスを修飾するゲンスの記述はまれであり、アウグストゥスの時代に至るまで、ゲンスという言葉は主にパトリキの家系を指すものとして用いられていました。研究者の中には、この事実から、ゲンスがパトリキの特権の一つであるという考え方がアウグストゥスの時代まで存在していたとする説を唱える者もいます。しかし、この点については、研究者の間でさまざまな見解が存在しています。

男子ローマ市民の名前の構成にも、ゲンスは重要な要素として組み込まれていました。ローマ市民の名前は一般的に、『個人名（praenomen）・氏族名（nomen）・家族名（cognomen）』という形式で表記されました。例えば、ガイウス・ユリウス・カエサルの場合、ゲンス（氏族名）はユリウスとなります。このことから、ゲンスは個人を特定する上でも重要な役割を果たしていたことがわかります。

ゲンスという概念は、古代ローマ社会の初期から存在し、時代とともにその意味合いや役割を変えてきたと考えられます。初期の社会構造を理解する上で、ゲンスは不可欠な要素であると言えるでしょう。


参考文献

* ティトゥス・リウィウス 著、毛利晶 訳『ローマ建国以来の歴史 4』京都大学学術出版会、2013年。

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