コイラノス (ギリシア神話)

ギリシア神話のコイラノス

ギリシア神話には、「コイラノス（古希: Κοίρανος）」という名前を持つ複数の人物が登場する。これらの人物はそれぞれ異なる系譜や背景を持ち、混同しないよう注意が必要である。主に、予言者ポリュイードスの父と息子、トロイア戦争に参加したリュキアの戦士、そしてクレータの王イードメネウスに仕えた御者が知られている。

ポリュイードスの父コイラノス

最初に挙げるコイラノスは、高名な予言者ポリュイードスの父親として知られる人物である。彼の系譜については、いくつかの伝承によって異なる記述が見られる。レロスのペレキュデースの伝えるところによれば、彼は有名な予言者メラムプースの孫であり、メラムプースの子マンティオスの子クレイトスの子とされている。一方で、パウサニアースの記録では、彼は同じくメラムプースの息子であるアバースの子とされている。このように、その具体的な血筋については諸説あるものの、彼が偉大な予言者ポリュイードスをもうけた父であるという点では一致している。

ポリュイードスの子コイラノス

次に述べるコイラノスは、上述のポリュイードスの息子にあたる人物である。彼はクレイトス、アステュクラテイア、マントーといった兄弟姉妹と共に育った。この系譜から見ると、彼は祖父である最初のコイラノスと同じ名を継いでいることになる。このコイラノスについても、彼の子に関する伝承に異同が見られる。パウサニアースは、彼がトロイア戦争でアカイア（ギリシア）勢の一員として戦ったエウケーノールの父であったと伝えている。しかし、古代ギリシアの叙事詩人ホメーロスの作とされる『イリアス』においては、エウケーノールはポリュイードス自身の子として描かれており、このコイラノスの兄弟にあたると解釈される場合が多い。したがって、エウケーノールの父親がポリュイードスであるか、その息子であるコイラノスであるかについては、異なる伝承が存在すると言える。

イーピトスの子コイラノス

三人目のコイラノスは、小アジアのリュキア出身で、イーピトスの息子として生まれた人物である。彼はトロイア戦争において、サルペードーン率いるリュキアの軍勢の一員としてトロイア勢に加勢し、アカイア勢と激しく戦った。この戦争の最中、彼はアカイア勢の英雄オデュッセウスに立ち向かうも、その奮戦も虚しく、オデュッセウスの手によって命を落とした。彼の周囲には、アラストール、クロミオス、アルカンドロス、ハリオス、ノエーモン、そしてプリュタニスといった仲間たちがいたが、彼らもまた同じ戦場でオデュッセウスによって倒れたと伝えられている。イーピトスの子コイラノスは、トロイアを守るために遠い故郷から駆けつけ、異国の地で最期を迎えた数多くの異邦の戦士の一人として、その名を神話の中に残している。

イードメネウスの御者コイラノス

最後に述べるコイラノスは、クレータ島の王イードメネウスに仕えた忠実な御者である。彼もまた、アカイア勢の一員としてトロイア戦争に参加した。彼は常に主君イードメネウスの戦車を巧みに操り、激しい戦闘の中で王を支えた。特に、パトロクロスがヘクトールによって討たれた後、その遺体を巡って両軍が争奪戦を繰り広げた凄惨な戦いにおいて、コイラノスは重要な役割を担った。しかし、この戦いの最中、トロイア勢の総大将であるヘクトールとの遭遇は、彼の運命を決定づけることとなった。ヘクトールによって彼は討ち取られ、パトロクロスの遺体を取り巻く混戦の中で命を落とした。イードメネウスは優れた御者を失った悲しみと怒りをもって、さらに戦いを続けたとされる。

これらのコイラノスという名の人物たちは、それぞれ異なる物語と背景を持つが、彼らの存在は古代ギリシアの神話や歴史叙述の中に確かに刻まれている。特にトロイア戦争は、同名の多くの人物が活躍、あるいは命を落とした舞台であり、彼らの物語は当時の人々にとって身近な英雄譚の一部であったと考えられる。異なる資料や伝承によって彼らの詳細に差異が見られることは、古代の口承や記述が多様であったことを示唆しており、神話研究における興味深い点の一つである。

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