コモンズ

コモンズ（Commons）

「コモンズ」という言葉は、古くから英語で共有される資源や土地を指す概念であり、日本語の「入会（いりあい）」の英訳として知られています。ドイツ語では「Allmende」と呼ばれます。しかし、日本の入会地は、江戸時代以前からの歴史的経緯を持ち、現代においてはほとんどの場合、入会団体などの特定の地域集団によって共同で所有・管理されています。これに対し、欧米などで用いられる「コモンズ」という概念には、誰の所有にも属さず、特定の集団だけでなく、原則として誰でも自由に利用できる放牧地（コモン）などを指すニュアンスも含まれるため、日本の「入会」と完全に同義ではありません。

日本国の法制度上における入会の取り扱いは、「入会権」として民法などで定められています。入会権は、前近代からの遺制であると同時に、現代社会においても法制度上、そして実際にも存在し続けている権利形態です。

入会権を巡る現代的な課題を示す実例としては、「小繋事件」（岩手県）が挙げられます。この事件では、入会団体の代表者が入会地を無断で売却したことを巡り争われました。最高裁判所の判決は、民事調停によって入会権が消滅する場合があること、また、財産処分の代表者が土地を売却した場合、入会権は消滅し、売却代金を横領した代表者に対して損害賠償請求ができるにとどまることを示しました。この事件は、入会権という伝統的な権利形態が現代の所有権や法制度と衝突する際の複雑さ、そして共同管理のあり方に関する多くの問いを投げかけました。

このような背景から、「コモンズ」や「入会」に関する研究は古くから蓄積がありますが、近年においても様々な視点から研究が進められています。例えば、小繋事件の地元である岩手では、「岩手入会・コモンズの会」などが組織され、入会地の現状や未来に関する研究や活動が行われています。また、早稲田大学のCOEプログラムにおいても「コモンズ・所有・新しい社会システムの可能性」というテーマで、小繋事件を題材に現代社会における所有のあり方や社会システムの可能性を探る研究がなされました。さらに、NPOメディア・ネットワークは、コモンズの単数形である「コミュニティ・コモン」という言葉を用い、現代における地域社会の再生を目指す「21世紀型の“ムラ社会”」を提案しています。これと同様の試みとして、萬羽敏郎氏による「21世紀の入会地=コモンズによる郊外再生」といった論考もあり、コモンズという概念が現代社会の課題解決に向けたキーワードとしても捉えられています。

「コモンズ」という言葉は、上記の伝統的な意味合いに加え、現代社会の多様な分野で用いられています。

ウィキメディア・コモンズ (Wikimedia Commons)：ウィキペディアをはじめとするウィキメディアプロジェクトで利用可能な画像、音声、動画などのメディアファイルを収集・提供するプロジェクト。デジタルコンテンツの共有リソースとしてのコモンズです。
クリエイティブ・コモンズ (Creative Commons)：著作権を保持しつつ、作品の自由な流通や利用を促進するための様々なライセンス（帰属表示、非商用、改変禁止など）を提供する国際的な非営利団体およびその活動。著作物の共有と利用促進に関わるコモンズ概念の応用例です。
ニコニ・コモンズ：株式会社ドワンゴが提供するサービスで、ユーザーがコンテンツの利用権を定めて共有できるプラットフォームです。
Jakarta Commons：Javaソフトウェア開発において、再利用可能なコンポーネントを提供するオープンソースプロジェクト。
その他、東京都新宿区に本社を置く出版社「コモンズ」、ニュースWebサイト「The Commons」、坂本龍一氏が設立したレコードレーベル「commmons」など、固有名詞としても「コモンズ」が使用されています。

経済学においては、共有資源の利用における問題点を説明する概念として「コモンズの悲劇」と「アンチコモンズの悲劇」があります。

コモンズの悲劇：自由に誰でも利用できる共有資源（コモンズ）が、利用者それぞれの自己利益の追求の結果、過剰に利用され、最終的に枯渇または劣化してしまう現象を指します。
* アンチコモンズの悲劇：共有される資源に対して、複数の権利者がそれぞれ排他的な利用拒否権を持つため、権利者全員の同意が得られない限り誰も資源を利用できなくなり、結果として資源が有効活用されず、社会全体にとって損失となる状態を指します。

このように、「コモンズ」は歴史的な入会という概念を出発点としながら、現代社会においてはデジタルコンテンツの共有、著作権ライセンス、ソフトウェア開発、さらには経済学における資源管理の問題まで、非常に多様な文脈で用いられる、拡張的かつ現代的な意味合いを持つ言葉となっています。

もう一度検索