コモンツパイ

コモンツパイ（Tupaia glis）

コモンツパイは、ツパイ目に含まれるツパイ科の一種で、東南アジアの熱帯地域に広く分布する小型哺乳類です。特にタイ南部、マレー半島、そしてシンガポールに多く見られ、さらにインドネシアの一部島嶼部にも生息しています。以前はスマトラ島やジャワ島などの個体群も本種に含まれていましたが、近年の分類学的研究により、これらの地域に生息するものは別種として区別されています。生息環境は多様で、主にディプテロカルプ科の木々が生い茂る一次林を好みますが、開発が進んだ二次林やアブラヤシなどのプランテーション、果樹園、さらには市街地の樹木帯など、改変された環境にも適応する柔軟性を持っています。このような適応力の高さから、国際自然保護連合（IUCN）のレッドリストでは「最も懸念の少ない」低危険種（Least Concern）に分類されています。

特徴

ツパイ科の中では比較的大きな種で、頭胴長は約13～21センチメートル、尾長もほぼ同じ12～20センチメートルに達します。体重は約190グラム程度です。体色は背面が赤茶色、灰色、または黒色で、腹面は白い毛で覆われています。尾は長くふさふさしており、暗い灰茶色をしています。特徴的なのは、毛の生えていない手のひらと鋭い爪、そして長い鼻の上にも毛のない部分があることです。性別による外見上の大きな違いはほとんどありません。両肩には、しばしば白色の薄い縞模様が見られます。
本種には複数の亜種が認められており、中でもボルネオ島に分布する T. g. longipes は全体的にくすんだ色合いで、下面が赤っぽい革のような色、尾の下面が灰色です。一方、T. g. salatana は尾の下面が暗い赤色をしています。アカオツパイ（Tupaia splendidula）やヤマツパイ（Tupaia montana）など、他のツパイ類と外見が似ている場合もあります。

分布と生息地

コモンツパイの分布域は、狭義にはタイ南部の北緯10度付近からマレー半島、そしてシンガポールに至ります。マレーシア国内のパソ保護林やクラウ野生動物保護区といった保護地域にも生息しています。インドネシアでは、シベルト島やバトゥ諸島、バンカ島、リアウ州、リンガ諸島、アナンバス諸島など、スマトラ島やジャワ島周辺の島々にも分布しますが、これらの個体群の一部は近年別種として扱われるようになりました。ボルネオ島にも広く分布すると考えられており、低地のクラビット高原から標高1100メートル程度の丘陵地帯まで見られます。特に、T. g. longipes 亜種はボルネオ北部（サラワク州、東カリマンタン州、サバ州）に、T. g. salatana 亜種はボルネオのラジャン川やカヤン川よりも南に分布します。

生態と行動

コモンツパイは日中に活動する昼行性です。単独か、またはつがいとなって、主に地上や藪の中、あるいは木の洞などで採餌を行います。食性は幅広く、果実、種子、葉のほか、アリやクモなどの昆虫、さらにはトカゲのような小動物を捕食することも報告されています。大木や藪を素早くよじ登ることができますが、非常に高い木の上で活動することは少ないようです。若い木の幹から、およそ60センチメートル離れた別の木へ飛び移る器用さも見せます。自分の縄張りを主張するために、胸部や陰嚢にある腺から分泌される匂いを物体にこすりつけるマーキング行動を行います。成獣のオスはメスや若い個体よりも活発に匂い付けを行います。シンガポールのブキ・ティマ自然保護区で行われた調査によると、成獣オスの行動圏は約10,174立方メートル、成獣メスは約8,809立方メートル、幼獣オスは約7,527立方メートル、幼獣メスは約7,255立方メートルでした。オスとメスの行動圏は0.4%から56.8%ほど重なりが見られましたが、同性同士の行動圏の重なりは異性間よりも小さい傾向にありました。一頭のオスの行動圏は、複数のメスの行動圏を包含することがあり、特定のオスとメスの行動圏が大きく重なっている場合は、安定したつがい関係にある可能性が示唆されます。幼獣の行動圏は成獣の行動圏に隣接したり重なったりすることが多く、これは家族単位でのつながりを示しています。同性間では激しい縄張り争いが観察されます。若いオスは若いメスよりも早く、家族の縄張りから独立する傾向があります。

生殖

オスメスともに、生後約3ヶ月で性的に成熟します。飼育下での観察では、メスは生後4.5ヶ月で最初の出産を経験することが多く、通常は2月頃に出産します。出産後すぐに再び発情することがあり、4月にも出産が見られることがあります。発情周期は8日から39日間で、約40日から52日間の妊娠期間を経て、一度に1～3匹の子を産みます。生まれたばかりの子どもの体重は10～12グラム程度です。メスは一日おきに授乳しますが、可能な限り子どもとの接触を避ける傾向があります。胸骨や腹部にある腺からの分泌液を子どもに付けることで、ようやく自分の子どもを識別できるほどです。幼獣は生後25日から35日ほどで巣穴から出て独立した行動をとるようになります。飼育下での最長寿命記録は12年5ヶ月とされています。
自然条件下では、10月から12月にかけて性的活動が低下しますが、モンスーンが始まる12月から2月にかけて発情期を迎えます。発情期およびその前期には、オスがメスを積極的に追い回し、チャタリングと呼ばれる鳴き声を発して非常に興奮した様子を見せます。オス同士の間でも、追いかけ合いや闘争が頻繁に起こります。メスが特定のオスを積極的にパートナーとして選ぶ行動は観察されず、少数の力のあるオスが複数のメスと繁殖するようです。マレーシア西部の熱帯雨林での生息密度は、1ヘクタールあたり2～5匹と報告されています。年間を通じた繁殖数は、乾期後の無脊椎動物の増加、つまり食料の豊富さに影響されると考えられています。繁殖の主な時期は2月から6月にかけてで、通常は一度に2匹の子を産みます。メスによっては年に複数回出産することもあり、生後わずか7ヶ月で初めて妊娠した例も知られています。繁殖期やモンスーンの時期は、若い個体が巣立ちを迎えたり、死亡率が高まる時期でもあります。

分類史と現状

コモンツパイは、1820年2月にフランスの探検家ピエール・ディアールとアルフレッド・デュヴォセルの共著論文によって初めて学術的に記載されました。彼らはこの種をペナン島とシンガポールで発見し、当初は新しい属ではなく、トガリネズミ属（Sorex）の一種と考えました。その後、1821年から1940年の間に、多くの動物学者が異なる地域から本種と考えられる標本を記載しましたが、分類に関しては未だに不明確な点が多く残されています。近年では、分子遺伝学的解析などの詳細な研究が進み、かつてコモンツパイのシノニム（異名）とされていたもののいくつかが、独立した種として再分類されるケースが増えています。例えば、スマトラ島やジャワ島、ボルネオ島、メンタワイ諸島の個体群などが、かつてはコモンツパイの亜種またはシノニムとされていましたが、現在はそれぞれ別種として扱われるようになっています。このため、現在「コモンツパイ（Tupaia glis）」と呼ばれるのは、マレー半島南部とその周辺の島々に生息する狭義のグループを指すことが一般的です。

脅威

コモンツパイは、その広範な生息域と適応力から現状では絶滅の危機には瀕していませんが、人間活動による脅威に晒されています。主な脅威としては、森林破壊が挙げられます。農地開発やアブラヤシなどのプランテーション拡大、商業伐採などにより、コモンツパイの生息地が減少・分断されています。また、食料やスポーツを目的とした狩猟も、一部地域では個体数に影響を与える要因となっています。

モデル動物としての利用

コモンツパイは、分類学的には霊長目に比較的近いグループに属しており、視力や聴覚が非常に優れているといった特徴を持っています。これらの特性から、医学や生物学の分野で実験動物、特にモデル動物として研究に利用されることがあります。具体的には、肝炎ウイルスに関する研究や、乳癌などの疾病に関する研究に用いられています。

出典・外部リンク

本記事は、信頼できる学術情報や専門機関のデータを基に作成しています。

Wildlife Singapore: Common Tree Shrew Tupaia glis
A catalogue of the mammalia in the Museum of the Hon. East-India Company
* IUCN Red List of Threatened Species

（分類や分布に関する最新の情報は、継続的な研究により変更される場合があります。）

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