コラン・ド・プランシー

コラン・ド・プランシー：矛盾と影響を与え続けた『地獄の辞典』の著者

ジャック=アルバン=シモン・コラン、通称コラン・ド・プランシー(1793～1881または1887年)は、19世紀フランスで活躍した文筆家です。シャンパーニュ地方の出身で、母方のおじはフランス革命期の政治家、ジョルジュ・ダントンでした。

パリで教職に就いた後、文筆家としての道を歩み始めます。1818年、彼の名を不朽のものとする『地獄の辞典』の初版を刊行しました。その後も精力的に執筆活動を行い、多数の筆名を用いてさまざまな著作を発表しました。

『地獄の辞典』はプランシーのライフワークとなり、改訂を重ねて最終的にはオカルト関連の項目が3799に達する大著となりました。同書は、悪魔や妖怪といった超自然的な存在に関するエピソードを網羅したもので、当時の大衆の関心を集めました。プランシーは、他にも『封建制辞典』や『聖遺物辞典』といった、多岐にわたるテーマを扱った著作を残しています。

プランシーは、自由、平等、友愛を信じる合理主義者であり、懐疑主義者でした。初期の著作には反権力、反権威的な傾向が強く見られますが、後にカトリックに改宗しました。この信仰の変化は『地獄の辞典』にも反映され、初版や第2版ではカトリックを批判していたのに対し、第3版以降は一転してカトリックを擁護する内容に改訂されました。

宗教裁判に関する記述はその最たる例です。初期の版では宗教裁判の残酷さを非難していた箇所が、後の版では「でっち上げ」と変更されました。このように、内容に一貫性がない点が『地獄の辞典』の特徴の一つです。各項目も大衆の興味を引くように書かれていますが、大衆迎合的な粗雑な記述や、知識不足による誤解、誤認も多く含まれています。そのため、学術的な資料としては不十分であり、後の悪魔学研究に混乱をもたらした側面もあります。

しかしながら、『地獄の辞典』は当時のフランス社会の風俗や流行を知る上で貴重な資料となっています。膨大な記述と幅広い知識は、19世紀フランス社会の一端を垣間見ることができる重要な手がかりとなります。

特に、1863年版（第6版）にルイ・ル・ブルトンが描いた挿絵は、後世の悪魔表現に大きな影響を与えました。「羽根に髑髏が描かれた巨大なハエ」として描かれたベルゼブブは、その好例としてよく引き合いに出されます。この挿絵は、『地獄の辞典』が当時の人々に与えた影響の大きさを如実に示しています。

プランシーが活躍した19世紀初頭のフランスは、ロマン主義文学の黎明期にあたります。文学的に優れた作品は少なく、大衆は怪奇小説、特に吸血鬼を題材とした小説などに熱中していました。そのような時代背景も、『地獄の辞典』の成功の一因と言えるでしょう。

『地獄の辞典』は、学術的な正確性に欠ける部分も多いものの、時代の雰囲気や大衆文化を反映した興味深い文献であり、プランシー自身の複雑な思想と信仰の変遷を映し出す鏡でもあります。彼の著作は、19世紀フランスの文化史を理解する上で、重要な位置を占めていると言えるでしょう。

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