コリオレイナス

シェイクスピア悲劇『コリオレイナス』：栄光と悲劇、そして政治の葛藤

ウィリアム・シェイクスピア晩年の作品とされる悲劇『コリオレイナス (The Tragedy of Coriolanus)』は、5幕構成の重厚なドラマです。シェイクスピア生前の上演記録は残っておらず、1608年頃書かれたと推定されていますが、その年代については諸説あります。初出は1623年のファースト・フォリオです。

本作は、古代ローマの伝説的な将軍ガイウス・マルキウス・コリオラヌスを主人公に、プルタルコスの『対比列伝』やリウィウスの『ローマ建国史』を典拠としています。シェイクスピアは、コリオラヌスを「ケイアス・マーシアス・コリオレイナス」として劇中に登場させます。

物語の舞台は、タークィン王追放後のローマ。貧民の不満が高まり、穀物支給問題をめぐって、名将ケイアス・マーシアスと民衆との対立が激化します。マーシアスは貧民への穀物支給に反対し、その強硬な姿勢は民衆の怒りを買います。 彼の友人で穏健派の貴族メニーニアス・アグリッパは仲裁を試みますが、マーシアスの高慢な態度が事態を悪化させます。

この混乱を収拾するため、護民官シシニアス・ヴェリュータスとジューニアス・ブルータスが選出されます。しかし、彼らは民衆の反マーシアス感情を巧みに利用し、陰で扇動を繰り返します。そんな中、ヴォルサイ人がローマに侵攻してきたとの報せが入ります。

マーシアスはヴォルサイ軍との戦場へ。彼は、ヴォルサイの将軍タラス・オーフィディアスとは宿敵関係にあり、激戦を繰り広げます。コリオライ包囲戦では、マーシアスは自身の勇猛さで勝利を収めます。その功績から「コリオレイナス」の称号を授かります。

凱旋したコリオレイナスは、母のヴォラムニアの強い勧めにより、しぶしぶ執政官選挙に出馬します。当初は貴族や元老院、民衆からも支持を得ていましたが、護民官の挑発に乗せられ、民衆を侮辱する発言をしてしまいます。

結果、反逆罪で告発され、追放刑を言い渡されてしまいます。ローマに家族を残し、コリオレイナスは敵であるヴォルサイへと向かい、オーフィディアスに協力を申し出ます。ヴォルサイ軍を率いたコリオレイナスは、ローマに対して大きな脅威となります。

しかし、彼の母ヴォラムニアは、妻と息子、そして別のローマ女性と共に、コリオレイナスの元へ。祖国ローマを救うため、コリオレイナスに和平を懇願します。母の嘆願に心を動かされたコリオレイナスは、独断で和平を結びます。しかし、裏切り者と見なされたコリオレイナスは、オーフィディアスの刺客によって暗殺されてしまいます。

『コリオレイナス』は、シェイクスピア作品の中でも、上演回数の少ない作品です。しかし、その政治的なテーマは、現代においても注目を集めています。民主主義と貴族主義の対立、母と子の葛藤、そして個人の栄光と悲劇的な終焉。これらの要素が複雑に絡み合い、見る者の心を揺さぶる作品と言えるでしょう。

作品における政治性の高さは特筆すべき点です。民主主義を代表する護民官と貴族制を代表するコリオレイナスを中心とした対立構造が、劇全体を貫いています。また、母ヴォラムニアとコリオレイナスとの母子関係も重要なテーマですが、性的な要素はほとんどなく、政治的な文脈の中で描かれています。ヴォラムニアはローマの政治的徳を体現する存在として描かれています。一方、コリオレイナスと妻ヴァージリアとの関係は希薄です。

T.S.エリオットは『コリオレイナス』を高く評価し、ブレヒトは政治性に着目して改作を試みました。2011年には、レイフ・ファインズ監督・主演で現代を舞台にした映画化もされています。また、ベートーヴェンの序曲『コリオラン』も、この作品を下敷きにしたものとなっています。様々な解釈や表現を生み出してきた『コリオレイナス』は、これからも多くの人々の心に訴えかけていくことでしょう。

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