コロンビア交響楽団

コロンビア交響楽団（Columbia Symphony Orchestra）

「コロンビア交響楽団」とは、1950年代から1960年代にかけて、アメリカのコロンビア・レコードがレコード録音のために使用したオーケストラに与えられた名称です。これは特定の常設された単一の音楽団体を指すものではなく、その実体は録音の都度、個別に集められた臨時編成のアンサンブルであったり、あるいは契約上の理由などから既存のオーケストラが名義を変えて使用されたもの（いわゆる覆面オーケストラ）であったりと、時期や録音内容によって大きく異なりました。

この名称で特に広く知られるのは、指揮者ブルーノ・ワルターが晩年に行った一連のステレオ録音でクレジットされたケースです。

その多様な実体

コロンビア交響楽団として活動したオーケストラは、主に以下の三つの形態に分類できます。

1. ニューヨークにおける録音専門の臨時編成
1950年代から1960年代にかけ、コロンビア・レコード傘下のコロンビア・マスターワークス社によってニューヨークで組織されました。集められたメンバーは、ニューヨーク・フィルハーモニック、メトロポリタン歌劇場、NBC交響楽団などの団員から、録音のためにフリーランス契約を結んだ演奏家たちでした。ブルーノ・ワルターが1954年から1956年にかけてニューヨークで行ったモノラル録音や、レナード・バーンスタインが1960年代に録音したガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』など、多くの録音にこの名称が用いられています。

2. クリーヴランド管弦楽団の変名としての使用
コロンビア傘下のレーベル、エピック・レコード（Epic）からリリースされた、指揮者ジョージ・セルによる録音の一部には、「コロンビア交響楽団」とクレジットされているものがあります（例: ロベール・カサドシュやルドルフ・ゼルキンとの協奏曲録音）。これらの録音の実体は、録音が行われた場所によって異なるとされます。クリーヴランドでの録音では、セルの手兵であるクリーヴランド管弦楽団そのものであり、ニューヨークでの録音では、ニューヨーク・フィルハーモニックなどから集められた臨時編成、あるいはニューヨーク・フィルハーモニック自体であると考えられています。セルがこの変名を使用したケースは、彼がエピック・レコードと契約していた期間（1955年から1964年）に、コロンビア・レコード専属のソリストと共演する録音に限られていました。

3. カリフォルニア（ハリウッド）におけるブルーノ・ワルターのための特別編成
ブルーノ・ワルターが1957年から開始したステレオ録音のために組織されたアンサンブルは、上記の臨時編成とは異なる性質を持っていました。コロンビア・レコードの経営陣は、カリフォルニア州ビバリーヒルズで半ば引退生活を送っていたワルターに対し、革命的な新技術であるステレオ方式での再録音を強く働きかけました。当時のモノラル録音がいずれ市場から駆逐される可能性を示唆し、ワルターの芸術をステレオで後世に残すため、特別編成のオーケストラを用意すると説得したのです。ワルターはこの提案を受け入れ、西海岸（特にハリウッド）の優れたフリーランス奏者たちの選定にも自ら関与したと伝えられています。当時のハリウッドは映画産業の全盛期であり、映画音楽を演奏する能力の高いミュージシャンが多数集結していました。

これらのミュージシャンの中には、クラシック音楽を演奏するための自主団体であるグレンデール交響楽団を組織していた者も多く、ワルターのコロンビア交響楽団は、実質的にこのグレンデール交響楽団とメンバー構成が重複する部分が多かったとされています。このため、「ワルターのコロンビア交響楽団はグレンデール交響楽団の変名である」と言われることもあります。（ただし、音楽評論家の宇野功芳は、ロサンゼルス・フィルハーモニックの団員を中心に、ハリウッド在住の50名足らずの小編成であったと述べており、これとは異なる見方もあります）。

グレンデール交響楽団は、カーメン・ドラゴンが指導者を務め、コロンビア響以外にもRCAビクター交響楽団、ハリウッド・ボウル交響楽団、キャピトル交響楽団といった他のレコード会社の録音名義としても使用されていました。

ワルターのステレオ録音プロジェクトは、1958年1月に始まったベートーヴェン交響曲全集録音から本格的にスタートしました。この録音においては、ワルターの健康状態に最大限配慮し、連続した日の録音は行わない、1日のセッション時間は2時間以内とする、といった特別な条件が設けられたと伝えられています。この特別なオーケストラにより、ベートーヴェン、ブラームスの交響曲全集、モーツァルトの後期交響曲や序曲、マーラーやブルックナーの作品などが録音されました。

演奏に対する評価としては、臨時編成ゆえのアンサンブルの課題や、特に後期ロマン派作品における編成の小ささ、そして既に第一線を退いていたワルター自身の体力・気力の衰えを指摘し、全盛期のモノラル録音を高く評価する意見も少なくありません。しかし、ワルターの師であるマーラーの交響曲第1番、得意としたモーツァルトの交響曲、ベートーヴェンの交響曲第6番『田園』、シューベルトの交響曲第8(9)番『ザ・グレート』など、今日でも高く評価され続けている名演も数多く生み出されました。

コロンビア首脳陣の商業的な思惑から始まったプロジェクトではありましたが、結果として指揮者ブルーノ・ワルターの貴重な芸術遺産をステレオという当時最新の技術で後世に残すことに大きく貢献しました。ワルターとカリフォルニア編成のコロンビア交響楽団による最後の録音は、1961年3月のモーツァルトのオペラ序曲集でした。

ワルターの第九における例外

ワルターのステレオ録音の中でも、ベートーヴェン交響曲第9番は特殊なケースです。独唱者や合唱団をカリフォルニアまで招聘することが難しかったため、第4楽章の録音のみニューヨークで行われました。このニューヨークでの第4楽章を演奏した「コロンビア交響楽団」は、ニューヨーク・フィルハーモニックのメンバーを中心とした編成でした。したがって、ベートーヴェン第9番の録音では、第1楽章から第3楽章と第4楽章とで、同じ「コロンビア交響楽団」名義でありながら、実質的に全く異なるメンバーが演奏していることになります。ワルター自身は、第九の第4楽章はそれまでの楽章とは音楽的に大きく性格が変わるため、オーケストラが異なるのはむしろ望ましいと語ったと伝えられています。

イーゴリ・ストラヴィンスキーの自作自演盤

20世紀を代表する作曲家、イーゴリ・ストラヴィンスキーが1950年代から1960年代にかけて自身の主要作品の多くをコロンビア・レコードに残した自作自演録音も、その大半が「コロンビア交響楽団」名義でクレジットされています。これらのストラヴィンスキー盤における「コロンビア交響楽団」も、録音地の記載によって二種類に大別され、それぞれ異なるオーケストラであると考えられています。

ニューヨークでの録音: これは前述の「ニューヨークにおける録音専門の臨時編成オーケストラ」を指します。
カリフォルニア（ハリウッド）での録音: ストラヴィンスキーは当時カリフォルニアに在住しており、これらの録音は時期や地域がワルターのステレオ録音と重なることから、「ワルターのコロンビア交響楽団」と同じく、グレンデール交響楽団のメンバーを主体としたオーケストラであったと推測されています。

結び

このように、コロンビア交響楽団という名称は、特定の楽団を指すものではなく、コロンビア・レコードが商業録音のために柔軟に編成・活用した「録音プロジェクト名」あるいは「名義」であったと言えます。その形態は多様でしたが、特にブルーノ・ワルターやイーゴリ・ストラヴィンスキーといった巨匠たちの重要な遺産を後世に残す上で、不可欠な役割を果たしました。

もう一度検索