コーディレフスキー雲

コーディレフスキー雲

コーディレフスキー雲とは、地球と月の重力によって定まる、月軌道上のラグランジュ点L4およびL5付近に存在するとされる、微細な塵が集まった雲状の天体です。これらの塵が太陽光を反射して光って見えると考えられています。月と同様に地球の周囲を公転しているため、『地球の雲状衛星』とも称されます。

発見と初期の観測

その存在は、ポーランドの天文学者カジミェシュ・コルディレフスキが1961年に報告したことに始まります。彼は1956年10月に最初の目視観測を行い、太陽の反対側に見える対日照の約半分の明るさで、視直径約2度に広がる光を確認したと述べています。1961年には写真撮影にも成功したと報告していますが、その際の天体の大きさや明るさは変動していたといいます。

コルディレフスキの報告以降、1967年にはJ・ウェスリー・シンプソンによるカイパー空中天文台での観測、1975年には太陽観測衛星OSO-6による観測など、他の研究者や観測機器による報告も続きました。これらの報告が相次いだことから、一時期はその実在が確実視されていましたが、その後の報告例は極めて少なく、現在では「幻の天体」として扱われることもあります。

例えば、1991年に日本の月探査機「ひてん」がこれらのラグランジュ点付近を通過した際にダストセンサーによる観測を行いましたが、特段のダストの増加は検出されませんでした。ラグランジュ点L4およびL5は、地球と月の重力平衡点ですが、太陽などの他の天体からの摂動を受けることで、塵が集積しても長期的に安定した状態を保つのが難しい可能性があります。このため、仮に存在したとしても一時的な現象に過ぎなかったのではないか、という見解もあります。

特徴と観測の難しさ

コルディレフスキが報告した視直径約2度という見かけの大きさから計算すると、コーディレフスキー雲は最低でも直径14,000キロメートルにも達し、地球に匹敵する巨大な天体であることになります。これほど巨大であれば、月のように肉眼でも大きく見えるはずですが、実際の明るさは極めて淡いと予測されています。天の川や黄道光よりもさらに淡く、満月の反対方向に見える対日照と比べても1等級から2等級ほど暗いと考えられています。

したがって、これらの周囲の明るい光（背景光）に埋もれてしまい、その存在を確認することは非常に困難なのです。現在のように光害が深刻な地域では観測はほぼ不可能と考えられますが、1970年代初頭には、比較的暗い空を求めて観測に挑んだ日本の多くのアマチュア天文家たちがいました。彼らは、天体の動きを追尾する赤道儀に標準レンズを付けたメカニカルカメラという簡易な機材を用いて、その観測を試みた記録を残しています。

観測条件と対策

もしコーディレフスキー雲が存在するとすれば、地球の公転面である黄道面から約5度傾いた月の軌道面（白道面）に沿って、月からそれぞれ東西に約60度離れたL4点とL5点の付近に、合計2個の塵の集まりとして存在するはずです。白道面は黄道面とわずかしか傾いていないため、黄道面に沿って広がる黄道光のすぐ近くに位置することになり、観測の際にはこの黄道光による妨害を受けやすくなります。

そもそも、コーディレフスキー雲は地球の重力に捕らえられた黄道光の物質が集まったものと考えられているため、発する光の性質も黄道光とほとんど同じであると予想されています。したがって、光の色やスペクトルといった性質の違いを利用して黄道光から区別することも難しいのです。

ただし、満月の頃（望）には、構成する塵による鏡面反射光（いわゆる正反射や後方散乱）が増加し、普段よりも明るく輝くことが期待されています。しかし残念なことに、満月の頃は太陽の反対方向である対日照も最も明るくなる時期であり、その近くに位置するコーディレフスキー雲の観測を妨げる大きな要因となります。

このように、コーディレフスキー雲は予想される明るさが非常に淡く、周囲の空の背景光（黄道光や対日照など）とのコントラストが極めて小さい天体なのです。黄道光や対日照といった背景光の影響を最大限に抑えられるような理想的な条件下でも、満月の頃に期待できる明るさの増光はせいぜい1等級程度に過ぎないと言われています。このようなわずかな明るさでは、たとえ観測に最も適した日時を選んだとしても、肉眼での確認は非常に困難を伴います。そのため、前述したように、天体望遠鏡で高倍率にするのではなく、標準的なカメラレンズを用いて広い範囲の星空を拡大せずに撮影し、長時間露光するガイド撮影といった、比較的簡単な装置と方法がその検出手段として初期から推奨されていました。

存在への疑問と近年の動向

コーディレフスキー雲の観測は、これまで多くの研究者やアマチュア天文家によって繰り返し試みられてきましたが、その存在を明確に捉えたという成功報告は極めて少数にとどまっています。

黄道光の中には、流星物質の分布など、コーディレフスキー雲とは異なる要因によって一時的な明るさのむらや模様が現れることがあります。したがって、コルディレフスキが観測した時に、偶然にも月に対して60度付近の位置にそのような模様が現れており、彼が見た「雲」は地球の雲状衛星ではなく、別の現象によるものだったという可能性も指摘されています。黄道光に現れる模様の典型例としては、特定の流星群を構成する流星物質が軌道上に形成する帯状の分布が挙げられます。これは主に赤外線観測で捉えられることが多いですが、可視光でも観測例があります。コーディレフスキー雲が想定される円形の形状とは異なりますが、太陽と反対方向にあたる対日照付近では、流星物質帯も鏡面反射によって明るく輝くため、これをコーディレフスキー雲と見間違えたのではないかという解釈も成り立ちます。ただし、コルディレフスキが観測を行った当時は流星物質の空間分布に関する研究があまり進んでいなかったため、仮にこの説が正しかったとしても、どの流星群の物質帯だったのかを特定することは困難でした。

このような見間違い説に関連して、短周期彗星を母天体とするジャコビニ流星群が2005年に地球へ接近した際、地球から見て満月に相当する位置に流星物質の帯が現れ、これがコーディレフスキー雲のように見える可能性があるという予測が行われました。これは、特定の流星物質帯がコーディレフスキー雲のように見える可能性を示唆した最初の事例として注目されました。具体的には、開発による光害が少なく、星空がよく見える極東アジアにおいて、2005年10月8日夜に対日照付近に、通常は見られないコーディレフスキー雲のような天体が観測される可能性があると予測されました。もしこの予測通りに観測が成功していれば、特定の流星群が作り出す物質帯がコーディレフスキー雲のように見える具体的な事例となり、コーディレフスキー雲そのものが実在しない可能性を強く示唆するものとなったはずです。

一方で、近年になってその存在を再び示唆する報告も現れています。2018年11月には、ハンガリーの研究チームが、L5点付近にコーディレフスキー雲とされる2つの微弱な光の塊を確認したと発表しました。今後の観測によって、この幻の天体の実態がより明確になることが期待されます。

関連項目

ラグランジュ点
トロヤ群
トロヤ衛星
仮説上の天体

もう一度検索