コーヒー・ハウス

コーヒーハウス：イギリス社会の原風景

17世紀半ばから18世紀にかけて、イギリスで隆盛を極めたコーヒーハウスは、単なる喫茶店を超えた存在でした。それは、人々が集い、交流し、社会変革を促す活気ある社交場であり、イギリス社会に多大な影響を与えたのです。

歴史：イスラム世界からイギリスへ

コーヒーの発祥はイスラム世界です。16世紀半ば、イスタンブールに世界初のコーヒーを提供する店が開業しました。喫茶店と社交場を兼ね備えたこの店は、人々の出会いと交流の場として機能していました。

ヨーロッパへのコーヒー伝来は諸説ありますが、17世紀半ば、ヴェネツィアに登場したとされています。その後、清教徒革命期のイギリスに上陸し、オックスフォード、そしてロンドンへと広がっていきました。1650年、ユダヤ人のジェイコブがオックスフォードにイギリス初のコーヒーハウスを開業したと伝えられています。現在も営業を続けるオックスフォードのクイーンズ・レイン・コーヒー・ハウスは、その歴史を今に伝えています。

ロンドンにも1652年にコーヒーハウスが開店。王政復古やロンドン大火といった歴史的出来事を経て、コーヒーハウスは増加し、多くの男性客で賑わう社交場となっていきました。女性は立ち入り禁止で、男性社会特有の空間だったのです。

コーヒーハウスの役割：情報と交流の拠点

コーヒーハウスでは、コーヒー、チョコレート、たばこといった当時としてはエキゾチックな嗜好品が提供され、客たちは新聞や雑誌を読みながら、政治談議や世間話に興じました。これらの議論は、近代市民社会を支える世論形成に大きく貢献したと考えられています。フランス革命におけるカフェの役割と比較されることも少なくありません。

コーヒーハウスにおける活発な情報交換は、イギリス社会の情報伝達に重要な役割を果たしました。例えば、ロンドン・シティの金融街に位置したギャラウェイ・コーヒー・ハウスは、多くの商人たちが集まり、重要な経済情報を交換する場所でした。また、ロイズ・コーヒー・ハウスでは、船主たちが集まり、船舶情報を掲載した「ロイズ・ニュース」が発行され、これがのちにロイズ保険会社の設立につながるなど、経済活動にも深く関与していました。

コーヒーハウスは、社会階層を超えた交流の場でもありました。王政復古後の社会不安定の中で生まれた流動性により、階層を超えた交流が盛んに行われ、コーヒーハウスはその理想的な場となったのです。一方で、特定の職業や目的を持った閉鎖的な社交クラブの原型にもなっていきました。

衰退と紅茶の普及

コーヒーハウスは、アン女王の時代をピークに18世紀後半以降は衰退していき、酒場や宿屋に転業する店も出てきました。しかし、コーヒーハウスは紅茶の普及にも貢献しました。上流階級の社交場として始まったコーヒーハウスは、次第に大衆化し、下層階級に普及した紅茶は家庭へと広まっていったのです。現在世界中で飲まれている砂糖入りの紅茶は、このコーヒーハウスでの習慣に由来するとも言われています。紅茶はコーヒーに変わる非アルコール飲料としてイギリス市民生活に定着し、1717年には最初のティーハウスが誕生しました。

コーヒーハウスの遺産

コーヒーハウスは、単なる喫茶店ではなく、政治、経済、社会、文化など様々な側面からイギリス社会に影響を与えた重要な存在でした。その歴史と役割は、現代社会を考える上で貴重な知見を与えてくれます。

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