サフィー1世

サフィー1世：激動の時代を生きたサファヴィー朝のシャー

サフィー1世（1610年？-1642年）は、サファヴィー朝の第6代シャーとして、1629年から1642年まで在位しました。名君として知られるアッバース1世の孫にあたりますが、その治世は祖父とは対照的なものでした。

生涯と即位

サフィー1世の父、ムハンマド・バーキール・ミールザーは、アッバース1世の長男でしたが、1615年に祖父の疑心暗鬼により暗殺されました。サフィーは後宮で育てられ、叔父たちも相次いで反乱を起こしたり早世したりしたため、唯一の後継者として1629年2月にシャーの座を継承しました。

王族粛清と恐怖政治

即位後、サフィー1世は自身の地位を固めるため、徹底的な王族粛清に乗り出します。目を潰された叔父たちの殺害に始まり、後宮の女性たちや傍系の男児も処刑、あるいは失明させました。さらに、アッバース1世時代から王朝を支えてきた重臣たちも次々と粛清。特に、グルジアやイラン南部を統治していた将軍イマーム・クリー・ハーンとその息子たちの殺害は、その残虐性を示す出来事として特筆されます。イマーム・クリー・ハーンの処刑は、地方役人との陰謀という罪状によるものでしたが、実際には彼の所領を奪い、直轄領化することが目的だったと考えられています。

内政の動揺と失態

サフィー1世の治世は、内政面でも混乱が見られました。1629年には、ギーラーンで絹の専売に反発した生産者やアルメニア人商人層が反乱を起こし、翌年鎮圧。また、1631年には旧首都ガズヴィーンでもスーフィーの反乱が発生しました。これらの反乱は、サフィー1世の統率力不足が原因であったと言えるでしょう。

外交での苦戦

外交面では、オスマン帝国との間で継続していた第四次オスマン・サファヴィー戦争の影響を受け、バグダードやイラクを奪われました。1633年にはアルメニアのエリヴァンを奪還され、1638年にはスルタン・ムラト4世によるバグダード奪回を許してしまいます。さらに、東部のカンダハールはムガル帝国に奪われ、1639年にはオスマン帝国との間でイラクの放棄を明記した条約を結ばざるを得ませんでした。北東のホラーサーンもブハラ・ハン国によって侵略され、サファヴィー朝の領土は著しく縮小しました。

宰相ミールザー・ムハンマド・タキの活躍

相次ぐ失態にもかかわらず、サファヴィー朝が崩壊を免れたのは、サルー・タキと称された宰相ミールザー・ムハンマド・タキの存在があったからです。タキは清廉潔白な人物で、領土が縮小した王朝の繁栄のために、大規模な公共事業を推進。増税や地方役人の不正処罰を断行し、王室図書館の維持や交易の発展など、文化・交易事業も積極的に推進しました。また、グルジアに対しては、カルトリ王国のルスタム・ハーンを通じた間接統治を行い、宗教の寛容とグルジア人の帰還を促すことで、グルジア東部の安定に貢献しました。

しかし、タキの宗教寛容政策は、イスラム教シーア派の反発を招くことにもなりました。

死去と評価

1642年5月12日、サフィー1世はカンダハール奪還への遠征中に熱病にかかり、33歳で死去しました。麻薬中毒を紛らわすために大量の飲酒をしていたことが、死因の一つとも言われています。跡を継いだのは、彼の子であるアッバース2世でした。

サフィー1世の評価は、残虐な暴君とするものから、寛大な君主とするものまで分かれています。キリスト教徒からは「寛大で魅力的」と評される一方で、「国の利益のためには無慈悲で残酷だった」とする評価も存在します。カルメル会修道士は、「これほど残酷で流血をいとわなかった王はいなかった」と記録しています。

宗室

父母
ムハンマド・バーキール・ミールザー（第5代君主・アッバース1世の長男）
ディルラム・ハーヌム
后妃
アンナ・ハーヌム（チェルケス人）
子
アッバース2世（第7代君主。母はアンナ・ハーヌム）
マリヤム・ベーグム（娘）

サフィー1世の治世は、サファヴィー朝の衰退の始まりを告げるものでしたが、宰相ミールザー・ムハンマド・タキの尽力によって、王朝はなんとか持ちこたえることができました。彼の生涯は、激動の時代における君主の役割と、有能な補佐役の重要性を示唆していると言えるでしょう。

もう一度検索