サン・スタジオ

テネシー州メンフィス、ユニオン・アヴェニュー706番地に位置するサン・スタジオは、ロックンロールの黎明期を象徴する伝説的なレコーディング施設です。サウンド・エンジニアであったサム・フィリップスによって1950年1月に「メンフィス・レコーディング・サービス」として開設されたこのスタジオは、後に彼が設立するサン・レコード・レーベルと共に、アメリカ音楽史に indelible な足跡を残しました。

スタジオの初期は、ジャッキー・ブレンストン＆デルタ・キャッツによる「ロケット88」の録音で、これが「最初のロックンロール・シングル」と称されることもあります。また、ハウリン・ウルフ、B.B.キング、ジュニア・パーカー、リトル・ミルトンといったブルースやR&Bの巨匠たちがここでセッションを行い、そのサウンドは後の音楽シーンに大きな影響を与えました。フィリップスは当初、南部の黒人アーティストに録音の機会を提供することを目指し、1950年には自身のレーベル「フィリップス・レコード」を立ち上げますが、商業的な成功には繋がりませんでした。

再度の挑戦として1952年に設立された「サン・レコード」は、多くのアーティストを輩出する登竜門となります。しかし、運営は常に資金難との戦いでした。そんな中、1953年8月にスタジオの扉を叩いたのが、後にキング・オブ・ロックンロールと呼ばれるエルヴィス・プレスリーでした。彼は当初、母親へのプレゼント用に自身の歌声を録音するため訪れましたが、受付のマリオン・カイスカーの目に留まります。サム・フィリップスは「黒人のサウンドとフィーリングを持った白人」を探しており、エルヴィスの中にその可能性を見出しました。

1954年7月5日夜に行われたセッション中に、休憩中にエルヴィスがアーサー・クルダップのブルース曲「ザッツ・オール・ライト」を演奏し始めたことが、歴史を動かしました。その偶発的な演奏にスタジオ全体が熱狂し、すぐに録音されました。この曲が地元ラジオ局でオンエアされると、リスナーからの問い合わせが殺到し、エルヴィスは瞬く間にスターダムを駆け上がります。この成功を受けて、サン・レコードはジョニー・キャッシュ、カール・パーキンス、ロイ・オービソン、ジェリー・リー・ルイスといった才能あるアーティストたちと次々に契約を交わし、ロックンロールやロカビリーの聖地としての地位を確立しました。

特に有名な出来事としては、1956年12月4日に偶然スタジオに居合わせたエルヴィス・プレスリー、ジェリー・リー・ルイス、カール・パーキンス、ジョニー・キャッシュの4人が行った即興のジャム・セッションがあります。このセッションは「ミリオン・ダラー・カルテット」と称され、その歴史的な瞬間は録音されていました。これは、サン・スタジオがいかに才能を引きつけ、予期せぬ奇跡を生み出す場所であったかを物語っています。

しかし、エルヴィス・プレスリーが全国的な成功を収め、RCAレコードへ移籍したこと（これは破格の契約金でサンの経営を助けることにもなりました）を契機に、スタジオの状況は変化していきます。1959年にはより大きなスタジオへ移転し、サム・フィリップス自身も徐々にラジオ事業へと関心を移していきました。1969年にサン・レコード・レーベルが売却されると、スタジオとしての活動は一時的に停止状態となります。

長らく沈黙していたユニオン・アヴェニューの旧スタジオですが、エルヴィス没後10年の1987年に「サン・スタジオ」として再オープンしました。現在はレコーディング・スタジオとしてだけでなく、多くの音楽ファンが訪れる観光名所となっています。U2やデフ・レパード、ボニー・レイットなど、現代の著名アーティストもここで録音を行っており、その伝説は引き継がれています。2003年にはアメリカ合衆国国定歴史建造物に指定され、その歴史的価値が改めて認められました。また、伝記映画の舞台となったり、「サン・スタジオ・セッションズ」としてテレビ番組やポッドキャストが制作されたりと、様々な形でそのレガシーは伝えられています。

サン・スタジオは単なるレコーディング施設ではなく、音楽史、特にロックンロールの発展において、かけがえのない役割を果たした場所です。サム・フィリップスの先見の明と、ここで生まれた革新的なサウンドが、世界中の音楽に影響を与え続けています。それは、まさに「何でも、どこでも、いつでも録音する」という彼のスローガルの精神が具現化された場所と言えるでしょう。

もう一度検索