ザ・ヒット・ファクトリー

ザ・ヒット・ファクトリー：伝説の録音スタジオの軌跡

ザ・ヒット・ファクトリーは、かつてニューヨーク市に存在した伝説的な録音スタジオです。1969年にソウル界のソングライター/プロデューサー、ジェリー・ラゴヴォイによって設立され、数々の著名なアーティストが利用したことで知られています。2005年4月1日に惜しまれつつも営業を停止しましたが、その名は音楽史に深く刻まれています。

歴史

1969年、ジェリー・ラゴヴォイによって設立されたザ・ヒット・ファクトリーは、当初マンハッタン7番街701に位置していました。ラゴヴォイはその後、スタジオを2度移転しています。スタジオ設立準備中の1967年には、後にイーグルスなどの作品をプロデュースするビル・シムジクを専属レコーディング・エンジニアとして迎えました。

1975年、RCAレコードのA&R及びプロデューサーを務めていたエドワード・ゲルマーノがラゴヴォイからスタジオを買収。ゲルマーノはスタジオの設備をニューヨーク西54丁目の新社屋に移転しました。1989年から1993年にかけては「ザ・ヒット・ファクトリー・ロンドン」も運営していましたが、現在はソニーが「ホイットフィールド・ストリート・スタジオ」として運営しています。また、1999年にはフロリダ州マイアミの「カリフォルニア・レコーディング」を買収し、増改築を施して「ザ・ヒット・ファクトリー・カリフォルニア」と改名し、現在も運営されています。

2003年にエドワード・ゲルマーノが亡くなると、妻のジャニス・ゲルマーノが経営を引き継ぎましたが、2005年3月、ドリーム・シアターのアルバム『オクタヴァリウム』の録音を最後に、ヒット・ファクトリーは閉鎖されることが発表され、4月1日に正式に営業を停止しました。営業基盤は「カリフォルニア・レコーディング」に移管されています。しかし、最高経営責任者でエドワード・ゲルマーノの息子であるトロイ・ゲルマーノは、スタジオの閉鎖はあくまで母親のジャニス・ゲルマーノの一存で決まったことであり、「デジタル化時代」の影響や経営の失敗といった噂は誤りであると述べています。

2006年12月には、ニューヨークの不動産仲介業者によって、27部屋の高級分譲アパートとして売りに出されました。価格は約100万ドルからで、開発業者の話では、1階部分は引き続きミュージシャン向けのリハーサル・スペースとして利用されるとのことです。

立地とスタジオ設備

エドワード・ゲルマーノはスタジオ買収後、タイムズ・スクエアとミッドタウン・ウエスト周辺に「ザ・ヒット・ファクトリー・タイムズ・スクエア」、「ザ・ヒット・ファクトリー・ブロードウェイ」を構え、54丁目421にフラグシップ・スタジオを設けました。ブロードウェイとエイス・アベニューの間にあった「ザ・ヒット・ファクトリー・ブロードウェイ」は4つのコンプレックス型スタジオで、ソリッド・ステート・ロジックとニーヴVRシリーズのコンソールが備えられていました。1992年に54番街421にフラグシップ・スタジオがオープンすると、運営はそこに集約され、「ザ・ヒット・ファクトリー・ブロードウェイ」は2002年に閉鎖されました。

54丁目421のスタジオ施設は、9290平米以上のビルを占める巨大な複合スタジオで、地下を含む5階に、5つの録音スタジオ、プライベート・ラウンジ、マスタリング業者「ヒット・ファクトリー・マスタリング」、多数のプロダクション・ルーム、レンタル会社「ザ・レンタル・カンパニー」、テック・ショップ、テープ・ライブラリなどを備えていました。スタジオ1はビル最上階を占め、約50×50フィートの木製床、30フィートの天井高を誇り、60人規模のオーケストラが収容可能でした。また、4つのオーバーダブ・ブースがトラッキング作業の柔軟性を高めていました。

2002年7月には、80インプットのソリッド・ステート・ロジックXL9000Kが完備されたスタジオ6と7がオープン。各スタジオには、Pro Tools MIXPlus System、ソニー3348 HR、スチューダーA827、レキシコン960L/480Lリバーブ、サラウンド・ミキシングに対応したアウトボード類が備えられていました。スタジオ7は、コントロール・ルームに隣接した小ブースを備えたミックス/オーバーダブ・ルームとして設計され、カスタム・ペイントされたアウグスプルガーのカスタム・モニターが特徴的でした。スタジオ6はシルバーカラーで統一され、カスタム・メイドのアウグスプルガーとシルバーカラーのラックが設置。トラッキング・ルームとオーバーダブ・ブースは床から天井までガラス張りで、開放的な空間となっていました。各部屋には浮き床が採用され、独立した構造となっていました。

ジョン・レノンにまつわる論争

1980年12月8日のジョン・レノンの逝去後、ヒット・ファクトリーの伝説的な存在感はさらに大きくなりました。ジョン・レノンが殺害された日にレコーディングしていたスタジオが、ヒット・ファクトリーなのか、近くのレコード・プラント・スタジオなのかについて議論が起こりましたが、ジョン・レノンのプロデューサー、ジャック・ダグラスをはじめとする関係者の証言から、ほとんどのメディアがレコード・プラントであったと結論づけています。

著名なレコーディング・アーティストとアルバム

ザ・ヒット・ファクトリーは、数多くの著名なアーティストに利用され、数々の名盤が誕生しました。

アーティスト: ジェイ・ショーン、ジェシカ・シンプソン、ジェニファー・ロペス、セリーヌ・ディオン、ビヨンセ、マイケル・ジャクソン、マドンナ、ポール・マッカートニー、桑田佳祐、宇多田ヒカル、U2、スティーヴィー・ワンダーなど
アルバム: スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』、ジョン・レノン & オノ・ヨーコ『ダブル・ファンタジー』、ブルース・スプリングスティーン『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』、ドリーム・シアター『オクタヴァリウム』など

ザ・ヒット・ファクトリーは、その短い歴史の中で、音楽史に多大な影響を与えた伝説的なスタジオとして、これからも語り継がれることでしょう。

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