シカゴ川

アメリカ合衆国、イリノイ州シカゴの中心部を流れるシカゴ川は、全長約251キロメートルの河川です。その長さ自体は特筆すべきほどではありませんが、この川が持つ特異な歴史と都市文化に深く根ざした存在として、世界的に知られています。特に、かつてミシガン湖へ向かっていた流れを、公衆衛生上の理由から人為的に逆転させ、南のミシシッピ川水系に接続した19世紀末の大規模な土木事業「シカゴ川還流」は、都市開発と環境問題が交錯する歴史の一例として語り継がれています。また、毎年聖パトリックデーに川面が鮮やかな緑色に染まる光景は、シカゴを象徴する風物詩となっています。

特異な流路の歴史

シカゴ川の歴史は、その流路の劇的な変化から始まります。もともと、川は現在の形とは異なり、わずかに南へ湾曲しながら、現在のマディソン・ストリート付近でミシガン湖に流れ込んでいました。しかし、19世紀にシカゴが急速に発展するにつれて、都市からの排水が浄水源であるミシガン湖を汚染し、住民の健康を脅かすようになりました。腸チフスなどの伝染病の流行を防ぐため、下水や汚染物をミシガン湖から遠ざける必要が生じたのです。

この課題に対処するため、1850年代以降、いくつかの水路が建設され、デプレインズ川との間の陸地（シカゴ・ポーテージ）を越えて、新たに開削されたイリノイ・ミシガン運河へと排水を流す試みが行われました。そして決定的な解決策として、ルドルフ・ヘリングらの主導のもと、大規模な土木工事が実施され、1900年にシカゴ川全体の流れを完全に逆転させることに成功します。新たに建設されたシカゴ衛生・船舶運河を通じて、川の水は南方向へと流れ、デプレインズ川、イリノイ川を経て最終的にメキシコ湾へと注ぐミシシッピ川水系に接続されました。この前例のない事業は、当時の土木技術の偉業とされています。

現在のシカゴ川は、ミシガン湖から市街地を西へ流れ出す主流部、キンジー・ストリートで分岐する北部支流、そしてダウンタウンから南へ向かう南部支流から構成されています。北部支流はさらにいくつかの分流（西分流、東分流、中分流）に分かれ、複雑な水系を形成しています。この人工的に改変された流路は、冬季には興味深い現象を見せます。イリノイ大学の研究によれば、冬季には川の表面近くの水はミシガン湖から西へ流れるものの、川底付近の水は逆の東へ流れるという双方向の流れ（密度流）が生じることが確認されています。

シカゴ川を含む五大湖流域からの水の流出量は、米国とカナダによる五大湖委員会によって管理されており、特にシカゴ川を経由する水の量については、合衆国最高裁判所の判決に基づいて厳しく制限されています。シカゴ市には、五大湖水系から毎秒91立方メートル（そのうち約半分がシカゴ川を経由）の水を利用する権利が認められています。近年、環境保護の観点から、五大湖とミシシッピ川水系を結ぶ水路を再び物理的に切り離すことで、外来種の拡散を防ごうという提案もなされており、議論が続いています。

シカゴの歴史を映す川

シカゴ川のほとりは、この都市の歴史が始まった場所でもあります。1780年代、ジャン・バティスト・ポワン・デュー・サーブルが、シカゴ川の河口北岸に永住地を築いた最初の非先住民となりました。その対岸、現在のミシガン・アベニュー橋の位置には、1808年にディアボーン砦が建設され、この地域の要衝となりました。かつて、現在の北部支流は、初期の入植者・商人の名にちなんで「グアリーの川」と呼ばれていた時期もあります。

1830年代から40年代にかけては、船舶による輸送を改善するため、川の砂州に水路を切り開くなどの初期の河川改良が行われました。そして1900年の大還流工事に続き、1928年には鉄道ターミナル用地を確保するため、南部支流の一部（ポルク・ストリートから18thストリートにかけて）が直線化され、西側へ約400メートル移動されるという改変も加えられています。

急激な産業発展と都市化に伴い、シカゴ川は大量の下水や工業排水を受け入れ、「臭い川」と呼ばれるほどに汚染が進みました。特に南部支流の一部は、食肉加工場からの排水によりひどく汚染され、「泡の川」という不名誉な名で知られていました。1980年代まで汚染は深刻な状況でしたが、1990年代に入り、当時のリチャード・デイリー市長が進めた都市美化運動の一環として、大規模な清掃作業が実施され、川の水質は大きく改善されました。

記憶に残る出来事

シカゴ川は、都市の歴史において悲劇的な出来事の舞台にもなっています。1915年、クラーク・ストリート橋に停泊していた旅客船イーストランド号が、重心の不安定さから転覆するという事故が発生しました。この事故により、812人もの乗客・乗員が命を落とし、シカゴ川は多くの犠牲者を出した場所となりました。

また、1992年4月13日には、「シカゴ洪水」が発生しました。キンジー・ストリート近くの橋の補修工事中に打ち込まれた杭が、長年使われていなかった地下貨物鉄道トンネルの壁に亀裂を生じさせたことが原因です。これにより、ダウンタウン一帯に広がる全長97キロメートルにも及ぶ地下トンネル網や、多くのビルや店舗の地下階が浸水し、都市機能に甚大な被害をもたらしました。

都市に生きる生態系

周辺の工業地帯や住宅地からの影響を受けながらも、現在のシカゴ川には多様な水生生物が生息しています。オオクチバスやコクチバスといったブラックバス類、ナマズ、コイなど、様々な温水性の魚が見られます。また、ザリガニも多く生息しています。

過去の深刻な汚染の名残として、一部の魚からはPCBや水銀が検出されることがあり、イリノイ州は魚の摂取に関する注意勧告を出しています。特にコイについては、大型のものの食用を控えるよう推奨されています。さらに、ミシシッピ川水系からの外来種であるハクレンやコクレンが、シカゴ川を経由して五大湖へ侵入する可能性が懸念されており、生態系への影響が注視されています。

こうした課題があるにもかかわらず、シカゴ川は都市部における淡水魚釣りの場として非常に人気があります。週末には多くの釣り人が川岸に集まり、賑わいを見せます。2006年からは、シカゴ・パーク地区が毎年「デイリー市長シカゴ川釣りフェスティバル」を開催しており、市民や観光客に親しまれています。

川を彩る橋と建築

シカゴ川には、数多くの橋が架かっています。最初の橋は1832年に北部支流に架けられましたが、船舶の航行が多いことから、その多くは大型船が通過できるよう開閉可能な可動橋となっています。1834年には初の可動橋が主流部に建設されました。現在、ピーク時の52から減少したとはいえ、シカゴ川には38もの可動橋があり、その種類もトラニオン式跳開橋、ローリング跳開橋、旋回橋など様々です。これらの橋は、単なる交通路としてだけでなく、シカゴの都市景観を特徴づける重要な要素となっています。

また、シカゴ川の両岸には、この都市を代表する著名な建築物が数多く立ち並んでいます。主流部沿いには、リグリー・ビル、トリビューン・タワー、トランプ・インターナショナル・ホテル・アンド・タワー、そして特徴的な形状で知られるマリーナ・シティー（とうもろこしビル）などがあります。南部支流沿いにも、ボーイング社の世界本社やシビック・オペラ・ハウス、ユニオン駅といった主要な建物が見られます。これらの建物は、川面やリバーウォークから眺めることができ、シカゴ川沿いのクルーズは人気の観光アクティビティとなっています。

聖パトリックデーの伝統

シカゴ川の最もユニークな伝統の一つが、毎年聖パトリックデー（またはその直近の土曜日）に川全体を鮮やかな緑色に染める習慣です。この伝統は40年以上にわたって続けられています。この習慣が始まったきっかけは偶然でした。かつて、川を不法に汚染している業者を特定するため、配管工が追跡用の染料（フルオレセイン）を川に流したところ、川が緑色に染まったことから着想を得たと言われています。

初期に使用されたフルオレセインは、川の生態系に有害であるとして後に米国環境保護庁（EPA）によって使用が禁止されました。現在使用されている染料の正確な成分は秘密にされていますが、シカゴ川に生息する数千もの生物にとって安全であることが保証されています。この伝統は非常に有名になり、2009年にはシカゴ出身のミシェル・オバマ夫人の要望により、ホワイトハウスの噴水も聖パトリックデーに合わせて緑に染められました。この緑に染まったシカゴ川は、祭りを祝う人々の間で大きな盛り上がりを見せ、都市の活気を象徴する光景となっています。

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