シック (バンド)

シック

シック（Chic）は、1977年に音楽シーンに登場したアメリカのバンドであり、R&B、ファンク、ディスコといったジャンルを横断する洗練されたサウンドで知られています。そのサウンドの核を担ったのは、ギタリストのナイル・ロジャースとベーシストのバーナード・エドワーズでした。彼らは特に1970年代後半、世界的なディスコブームにおいて中心的な役割を果たし、時代の象徴ともいえる存在となりました。バンド名の英語での発音は「シーク」に近いとされています。

キャリアの変遷

シックの結成以前、ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズはジャズミュージシャンとして活動していました。1972年頃にはニューヨークで「ビッグ・アップル・バンド」を結成し、ソウルグループのニューヨーク・シティや、キャロル・ダグラスのバックバンドを務めるなど、経験を積みました。その後、彼らはシックを結成し、1977年にシングル「ダンス・ダンス・ダンス」でデビューを飾ります。この曲は当初マイナーレーベルからのリリースでしたが、後にメジャーレーベルのアトランティック・レコードから再リリースされ、全米チャートで6位に入る大ヒットとなりました。

1978年には、セカンドアルバム『エレガンス・シック』からの先行シングル「おしゃれフリーク」が、バンドとして初のBillboard Hot 100での1位を獲得。これは当時、アトランティック・レコードにとって最大のヒット曲となりました。さらに1979年には「グッド・タイムス」が、自身2度目の全米ナンバー1ヒットを記録するなど、彼らは立て続けに成功を収めました。

しかし、ディスコブームが終焉を迎えると同時に、シックとしてのバンド活動は一時的に停滞します。それでも、ナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズはプロデューサーとして才能を発揮し続けました。彼らはシスター・スレッジの『華麗な妖精たち』、ダイアナ・ロスの『ダイアナ』、さらにはマドンナのブレイク作となった『ライク・ア・ヴァージン』やデヴィッド・ボウイの『レッツ・ダンス』といった歴史的な名盤やヒット曲を数多く手がけ、音楽業界に多大な影響を与えました。

後世への影響

シックの楽曲、特に「グッド・タイムス」は、その後の音楽ジャンルに計り知れない影響を与えています。

ラップとヒップホップの源流

1979年に発表されたシュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」は、最初期のラップレコードとして知られ、ラップというジャンルを広く世に知らしめた歴史的な楽曲です。この曲は、シックの「グッド・タイムス」のテンポとベースラインを基にして制作されました。彼らはシックへの許諾なくこの曲を制作したため、当初は訴訟問題に発展しましたが、後にナイルとバーナードの名前が正式にクレジットされることで和解に至っています。ナイル自身もライブで「ラッパーズ・ディライト」を演奏することがあり、この曲がヒップホップというカルチャーの大きな源流の一つとなったことを物語っています。

クイーン「地獄へ道づれ」の着想

ベーシストのバーナード・エドワーズによると、「グッド・タイムス」のレコーディング中にクイーンのベーシスト、ジョン・ディーコンがスタジオを訪れていたといいます。その後、ジョン・ディーコンは「地獄へ道づれ (Another One Bites the Dust)」を作曲しました。この曲はフレディ・マーキュリー以外のメンバー、特にドラマーのロジャー・テイラーからはディスコ色が強すぎると懸念されましたが、クイーンのライブを観ていたマイケル・ジャクソンの強力な推薦もあり、シングルとしてリリースされることになります。結果、「地獄へ道づれ」は世界中で大ヒットし、クイーンにとって最大のヒット曲の一つとなりました。また、この曲の成功後、マイケル・ジャクソン自身も印象的なベースラインが特徴の「ビリー・ジーン」を発表し大成功を収めています。さらに1987年のINXSのヒット曲「ニード・ユー・トゥナイト」にも、この流れの影響が見られます。

SPEEDデビュー曲のモチーフ

日本の女性ボーカルグループ、SPEEDのデビューシングル「Body & Soul」のイントロと楽曲全体には、「おしゃれフリーク」のメロディーやナイル・ロジャースによるカッティングギターリフがモチーフとして取り入れられています。このシングルはデビュー作としては異例の大ヒットとなり、SPEEDを一躍スターダムへと押し上げました。

ドージャ・キャット「Say So」への影響

SNS時代のヒットメーカー、ドージャ・キャットが2019年にリリースした楽曲「Say So」も、「グッド・タイムス」からの影響が指摘されています。コード進行は多少異なりますが、「グッド・タイムス」の特徴的なメロディーやリフ、ジャズ特有のツーファイブワン進行を踏襲しており、「グッド・タイムス」が持つ普遍的な魅力が現代の音楽シーンでも通用することを証明しました。

メンバーの死去

シックのメンバーは不幸にもそのキャリアの中で数人を失っています。

中心メンバーであったバーナード・エドワーズは、1996年4月に日本で開催されたイベント出演のために来日し、東京と大阪で公演を行った後、滞在先のホテルの部屋で急逝しました。享年43歳でした。この来日公演が彼の最後の演奏となりました。

ドラムスを担当していたトニー・トンプソンも、パワー・ステーションなどで活動したものの、1992年のシック再始動には参加せず、2003年に死去しています。

バーナードとトニーという重要なメンバーを失った現在、ナイル・ロジャースが唯一のオリジナルメンバーとして、シックの音楽を未来へと繋げています。

主なディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

『ダンス・ダンス・ダンス』 - Chic (1977年)
『エレガンス・シック』 - C'est Chic (1978年)
『危険な関係』 - Risqué (1979年)
『リアル・ピープル』 - Real People (1980年)
『テイク・イット・オフ』 - Take It Off (1981年)
『タング・イン・シック』 - Tongue in Chic (1982年)
『ビリーヴァー』 - Believer (1983年)
『シック・イズム』 - Chic-ism (1992年)
『イッツ・アバウト・タイム』 - It's About Time (2018年) ※ナイル・ロジャース&シック名義

ライブ・アルバム

『ライヴ・イン・ジャパン - トリビュート・トゥ・バーナード・エドワーズ』 - Live at the Budokan (1999年)
A Night in Amsterdam (2006年)

コンピレーション・アルバム（一部）

『グッド・タイムス、おしゃれフリーク、ダンス・ダンス・ダンス』 - Les Plus Grands Succès De Chic: Chic's Greatest Hits (1979年)
『ベスト・オブ・シック』 - Dance, Dance, Dance: The Best of Chic (1991年)
『ベリー・ベスト・オブ・シック』 - The Very Best Of Chic (1996年)

ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズによる主なプロデュース作品

シスター・スレッジ : 『華麗な妖精たち』 - We Are Family (1979年)
ダイアナ・ロス : 『ダイアナ』 - Diana (1980年)
デボラ・ハリー : 『予感』 - KooKoo (1981年)
デヴィッド・ボウイ : 『レッツ・ダンス』 - Let's Dance (1983年)
* マドンナ : 『ライク・ア・ヴァージン』 - Like a Virgin (1984年)

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