シノーペ (衛星)

木星の第9衛星シノーペ：逆行軌道と謎めいた起源

シノーペ（Jupiter IX Sinope）は、太陽系最大の惑星である木星の衛星の一つです。多くの衛星を持つ木星において、シノーペは逆行軌道を描く不規則衛星に分類され、パシファエ群に属すると考えられています。この衛星は、その発見から命名、軌道、そして物理的特徴に至るまで、多くの謎を秘めています。

発見と命名

シノーペは、1914年7月21日、アメリカのセス・B・ニコルソンによってリック天文台で発見されました。当初は木星の別の衛星、パシファエの観測中に偶然発見されたものでした。発見当初は、太陽を周回する天体、あるいは木星に双曲線軌道で接近する天体、もしくは楕円軌道で木星を周回する天体のいずれの可能性も考えられました。しかし、精密な観測の結果、シノーペは木星を楕円軌道で周回する衛星であることが確認されました。

発見後しばらくの間は、単にJupiter IXと呼ばれていましたが、1975年10月7日に正式にシノーペと命名されました。これはギリシャ神話の河神アーソーポスの娘、シノーペーに由来します。命名過程においては、ハーデスという名称案も提案されましたが、最終的には採用されませんでした。

軌道と起源

シノーペは木星から約2394万km離れた軌道を、約759日かけて公転しています。特筆すべきは、その軌道傾斜角が約158度であることです。これは木星の自転方向と逆向きであることを意味し、逆行衛星であることを示しています。

シノーペはパシファエ群に属すると考えられていますが、その起源は明確には分かっていません。パシファエ群は、木星から2300万～2400万kmの距離を逆行軌道で公転し、軌道傾斜角が145～158度の衛星の集団です。これらの衛星は、軌道要素が似ていることから、共通の起源を持つと考えられています。有力な説は、かつて木星の重力圏に捕獲された小惑星が破壊され、その破片がパシファエ群の衛星になったというものです。

しかし、シノーペの軌道傾斜角はパシファエ群の中でもやや外れ値であり、表面の色も他の衛星とは異なります。これらのことから、シノーペはパシファエ群を形成した母天体とは別の小天体が、独立に木星に捕獲された可能性が示唆されています。そのため、シノーペが本当にパシファエ群のメンバーであり、共通の起源を持つのかどうかは、いまだに研究者たちの間で議論されています。

興味深いことに、シノーペはパシファエと同様に、木星と永年共鳴を起こしていることが分かっています。これは、シノーペの近木点経度と木星の近日点経度の間に固定された関係があることを意味します。ただし、パシファエとは異なり、シノーペはこの共鳴から外れることがあり、1000万年という時間スケールで共鳴への捕獲と脱出を繰り返していると考えられています。

物理的特徴

シノーペの見かけの等級は18.3と非常に暗く、観測が困難です。アルベドを0.04と仮定すると、直径は約38kmと推定されています。また、密度を2.6 g/cm3と仮定すると、質量は約7.5 × 10^16 kgと推定されます。

シノーペの表面の色は、他のパシファエ群の衛星とは大きく異なります。北欧光学望遠鏡やジェミニ北望遠鏡による観測から、シノーペは非常に赤い表面を持つことが明らかになっています。一方、パシファエは灰色でC型小惑星に似ており、メガクリテやカリロエは淡い赤色です。この色の違いも、シノーペが独立した起源を持つ可能性を示唆する重要な証拠となっています。シノーペのスペクトルはD型小惑星に分類されることが確認されており、その組成についても謎が多く残されています。

シノーペは、その逆行軌道、独特な物理的特徴、そして未だ解明されていない起源など、多くの謎を秘めた木星の衛星です。今後の観測によって、シノーペの形成過程やパシファエ群との関係性など、さらなる謎が解き明かされることが期待されます。

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