シモン・マルミオン

シモン・マルミオン：初期フランドル派の巨匠、その生涯と作品

シモン・マルミオン（Simon Marmion, 1425年頃 - 1489年11月24/25日）は、初期フランドル派を代表する画家であり、卓越した装飾写本作家としても名を馳せました。現在のフランス、アミアン出身ですが、当時はブルゴーニュ公国に属していました。

生涯

マルミオンは、芸術家の家系に生まれました。父ジャン、弟ミリアも画家であり、彼自身も1449年から1454年にかけてアミアンで活動した記録が残っています。その後、ヴァランシエンヌに移住し、1458年にこの地で生涯を終えました。

1454年、マルミオンはブルゴーニュ公フィリップ3世がリールで開催した、対トルコ十字軍派遣を目的とした大饗宴の飾り付けに携わった芸術家の一人でした。この時からフィリップ3世はマルミオンの才能を高く評価し、パトロンとして支援しました。マルミオンは、公太子シャルル、公太子妃マーガレットなど、多くの公爵一族に仕え、「写本装飾の第一人者」としてその名声を確立しました。

マルミオンの死後、未亡人ジャンヌは、彼の弟子であったヤン・プロフォーストと結婚し、プロフォーストはジャンヌの死後、マルミオンの遺産を相続しました。

作品

マルミオンは、肖像画、祭壇画、工芸品など、多岐にわたる作品を制作しましたが、特に装飾写本作家としての評価が確立されています。

絵画作品としては、ベルリン絵画館所蔵の聖ベルタンの生涯を描いた祭壇画（一部はロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵）、トロントの『聖グレゴリーのミサ』、メトロポリタン美術館所蔵の『キリストの哀悼』などが知られています。彼の作風は、当時の伝統的なフランス風絵画と、フランドル風の革新的な画面構成と風景表現の中間に位置すると評されています。遠近表現はほぼ完璧ですが、人物描写にはやや未熟な点が見られ、ポーズも硬い印象を与えることがあります。

装飾写本

マルミオンの最高傑作とされるのは、サンクトペテルブルクのロシア国立図書館に所蔵されている『フランス大年代記』です。この装飾写本には、大きめ（215mm x 258mm）のミニアチュール25枚と、小さめのミニアチュール60枚が描かれています。美しい彩色で描かれた戦闘場面から、グリザイユのようなモノクロームで描かれた落ち着いた場面まで、多様な挿絵が特徴です。この写本は、ネーデルラントの事象に重点を置いて記述されており、フランス王位を要求するフィリップ3世の正当性を主張する目的で作成されたと考えられています。また、医学に関するテキストもあり、その内容を図示する見事な挿絵が、宗教的な装飾が施されたフィリップ3世の肖像とともに描かれています。

J・ポール・ゲティ美術館所蔵の『トンダルのヴィジョン』も重要な作品です。1475年に作成されたこの装飾写本は、地獄と天国を描いた幻想的な内容で知られています。マルミオンは他にも、伝統的な時祷書や装飾写本を制作しており、大英図書館所蔵の『フースの時祷書』は、24枚のページ大の挿絵と74枚の小さめの挿絵で飾られた、現存するマルミオンの作品の中で最も精巧な時祷書です。また、ナポリにある22枚のページ大挿絵を持つ『ラ・フローラ』は、複数の半身肖像画を描いた最初の時祷書であり、「マルミオンの特色が非常によく表れた、最も優れた写本装飾」とも評されています。他にも、ニューヨークのモルガン・ライブラリーやカリフォルニアのハンティントン・ライブラリーが、マルミオンの優れた時祷書を所蔵しています。

ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館が所蔵する「シモン・マルミオンの時祷書」は、1475年から1481年にかけて作成されたもので、時祷書の細密画技法の好例として知られています。特に縁飾りが素晴らしく、通常の時祷書が草花で装飾されるのに対し、象牙やエナメル額が用いられています。この時祷書は、特定の依頼者のために作成されたものではなく、当時のブルッヘや北フランスで信仰されていた汎用的な聖人が記載されています。これは、当時の時祷書が一般向けにも市販されていたことを示唆していますが、この時祷書ほど高級なものは珍しいと言えるでしょう。

作品の特定と評価

19世紀から20世紀半ばにかけて、美術史家たちは多くの作品をマルミオンのものとして追加してきました。しかし、美術史家アントニー・シュライヴァーが、マルミオンの作品とされている中に別人の作品が含まれている可能性を指摘し、1969年以降、作品の見直しが開始されました。マルミオンの手によるものとされている作品は、装飾写本とパネル絵を合わせて最大40点ほどにのぼりますが、マルミオンの生涯や世評が記載されている当時の記録と照合すると、全てが彼の作品とは言い切れないことが判明しました。

しかし、この照合作業によって新たな発見もありました。ヴァランシエンヌ近くのサン・オメールの修道院長であり、聖ベルタンの祭壇画の依頼主でもあったギヨーム・フィラートルが、ペテルブルクの『年代記』など、他の写本もマルミオンに注文していたことが明らかになったのです。また、マルミオンがフィリップ3世の命令で、1467年から1470年にかけて聖務日課書を作成した記録があり、現在メトロポリタン美術館に所蔵されている細密画は、この聖務日課書から散逸したものであると考えられています。

シモン・マルミオンは、その卓越した技術と芸術性によって、初期フランドル派の絵画史に確かな足跡を残しました。彼の作品は、今日でも世界中の美術館や図書館で鑑賞され、人々に感動を与え続けています。

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