シュクデン

シュクデン問題：チベット仏教における論争の焦点

シュクデン（Shugden、蔵：shugs ldan）は、「力を持つ者」を意味し、チベット仏教のゲルク派僧侶によって17世紀から信仰されてきた護法尊です。しかし、その信仰はダライ・ラマ14世によって否定され、現在も宗教と政治が複雑に絡み合った問題として論争が続いています。

起源：怨霊から護法尊へ

伝承によれば、シュクデンはダライ・ラマ5世の時代に、無実の罪で陥れられた高僧の怨霊を鎮めるために神として祀られたのが始まりとされています。この高僧は、無実を主張するために白いカタ（Khata）を口に詰めて窒息死したと伝えられています。

しかし、怨霊神としてのシュクデン信仰には反社会的な側面があり、ゲルク派内部で自派の伝統を保持しようとする保守派勢力は、シュクデンを護法神として祀り、約400年にわたってニンマ派を弾圧するとともに、ニンマ派に寛容な内部勢力を粛清する活動を行ってきました。

近現代におけるシュクデン問題

ダライ・ラマ5世の死後、政権内部の権力闘争や他宗派との対立が激化する中で、シュクデン信仰は政治的な道具として利用されるようになります。ダライ・ラマ13世はシュクデン崇拝を批判し、ニンマ派の教えも取り入れてチベットの統一を図りましたが、その後、ゲルク派保守派が勢力を盛り返し、シュクデン信仰を奨励するとともに、ニンマ派への弾圧を強化しました。

ダライ・ラマ14世は、過去にシュクデン崇拝に関与していたことを反省し、自ら供養を停止。ゲルク派三大寺院をはじめとする宗派内での公式な儀礼でシュクデンの供養を行わないよう求めました。しかし、シュクデン信仰は根強く、現在でも一部の僧侶や信者の間で続けられています。

現在進行中の問題

ダライ・ラマ14世によるシュクデン信仰の否定は、シュクデン崇拝者からの強い反発を招き、チベット亡命社会を二分する深刻な対立を生み出しています。シュクデン派は欧米において独自の活動を行い、ダライ・ラマ14世とチベット亡命政府に真っ向から対立しています。

1997年には、ダラムサラで高僧が殺害される事件が発生し、チベット亡命政府はシュクデン信奉者による暗殺だと断定。これをきっかけに、ダライ・ラマ14世とチベット亡命政府は、シュクデン崇拝を非難する公式声明を再度発表しました。

論点と主張

ダライ・ラマ14世がシュクデン崇拝を非難する根拠として、以下の点が挙げられます。

ダライ・ラマ5世、13世がシュクデンを非難しているため、転生者として追従している。
シュクデン信奉者の強硬なセクト主義が、宗派間の調和を重視する超宗派的精神に反する。
シュクデン信仰自体が、チベット仏教を怨霊崇拝のレベルにおとしめるものである。

一方、シュクデン崇拝者は以下の点を主張しています。

シュクデンは、怨霊ではなく、ゲルク派の純粋な教義を守る正統な護法尊である。
ダライ・ラマは政治的な意図でシュクデン信仰を弾圧している。
シュクデンを崇拝するのは、信仰の自由として認められるべき権利である。

結論：宗教と政治の狭間で

シュクデン問題は、チベット仏教における宗教的な信仰と政治的な思惑が複雑に絡み合った問題であり、その解決は容易ではありません。ダライ・ラマ14世の死去後も、この問題がどのように展開していくのか、注視していく必要があります。

参考文献
田中公明『チベットの仏たち』春秋社、2009年、298-301頁。ISBN 978-4892310744
村上大輔『チベット 聖地の路地裏 - 八年のラサ滞在記』2016年。ISBN 978-4831862341

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