ダライ・ラマ

ダライ・ラマとは

ダライ・ラマ（Dalai Lama, ཏཱ་ལའི་བླ་མ་, 達頼喇嘛）は、チベット仏教ゲルク派の最高位に位置づけられる化身ラマの称号です。チベットとチベット民族の精神的な象徴として、世界的に知られています。

その名は、モンゴル語で「大海」を意味する「ダライ」と、チベット語で「師」を意味する「ラマ」を組み合わせたものです。

ダライ・ラマは、17世紀に成立したチベット政府（ガンデンポタン）の長として、チベットの元首としての地位を持っていました。17世紀から1959年まで、チベットを統治するチベット政府を指揮し、特に18世紀以降は「西藏」を中心とする地域を統治しました。現在のダライ・ラマ14世は、チベット動乱後に成立したチベット亡命政府において、2011年まで指導者の役割を担っていました。

現在、チベット亡命政府では、「チベットとチベット人の守護者にして象徴」という精神的指導者として位置づけられています。

ダライ・ラマの概説

チベット仏教では、チベットの国土と人々は観音菩薩の化身とされ、ダライ・ラマはその観音菩薩の化身とされる転生系譜です。

ラサのポタラ宮は、第五世以降の歴代ダライ・ラマの居城であり、チベット仏教の聖地となっています。チベット仏教の信者は、一生に一度はポタラ宮を巡礼することを目標としています。信者からは「イーシン・ノルブ」（如意宝珠）と尊称される存在です。

日本ではチベット仏教の法王とも呼ばれますが、チベット仏教ではカルマ派のカルマパや北ドゥク派のギャルワン・ドゥクパなど、他にも法王と呼べる存在がいます。

ダライ・ラマは、ゲルク派の指導者と見なされることが多いですが、ゲルク派の首座はガンデン・ティパ（ゲルク派の総本山ガンデン寺の座主）であり、ダライ・ラマもゲルク派の中ではガンデン・ティパの属下です。ただし、ガンデン・ティパはダライ・ラマによって任命される任期制の役職であり、実質的な影響力はダライ・ラマの方が大きいとされています。

ダライ・ラマはゲルク派の宗教指導者から始まりましたが、ダライ・ラマ5世の時代にチベットを支配する政治的権威も持つようになりました。しかし、ダライ・ラマ6世以降は、外部勢力による改廃や未成年時の摂政による政務代行など、必ずしもダライ・ラマ本人が常に実権を掌握していたわけではありませんでした。それでも、観音菩薩の化身としての理念的な権力は常に機能し、清朝などの介入者や摂政もダライ・ラマの権威を否定することはできませんでした。

ダライ・ラマの呼称

「ダライ・ラマ」という称号は、16世紀にモンゴルの有力指導者アルタン・ハーンから贈られたモンゴル語の称号に由来します。アジアや欧米で広く用いられる通称であり、チベット語でもཏཱ་ལའི་བླ་མ་ (taa-la’i bla-ma) と表記されます。

チベットでは、対外的な文書などで用いられることが多く、チベット人の間では敬称として「ギャルワ・リンポチェ」（貴い勝者）や「クンドゥン」（御前）などと呼ばれています。

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所では、日本語名称は「ダライ・ラマ法王」、敬称は「猊下」（His Holiness）としています。

仏教史『ヴァイセル』では「タムチェキェンバ (thams cad mkyen pa)」、同『パクサムジョンサン』では「ギャルワン (rgyal dbang)」の称号で呼ばれています。

ラテン文字での表記は「Dalai Lama」、チベット語では「ཏཱ་ལའི་བླ་མ་」、ワイリー方式では「taa-la’i bla-ma」、中国語簡体字では「达赖喇嘛」、繁体字では「達賴喇嘛」、漢語ピンインでは「Dálài Lǎmā」などと表記されます。

ダライ・ラマの継承

ダライ・ラマが亡くなると、その遺言、遺体の状況、託宣、聖なる湖の観察、夢占い、奇跡などに基づいて、次のダライ・ラマが生まれる地方や特徴が予言されます。

僧侶たちはその予言に基づいて子どもを探し、誕生時の特徴や幼少時の癖などから候補者を選びます。さらに、先代の持ち物を見せて、ダライ・ラマの持ち物に愛着を示したり、先代と同じような行動をとったりした場合に、ダライ・ラマの生まれ変わりと認定されます。

認定された転生者は幼少期に法王継承の儀式を受けますが、この時点では宗教的権威のみを持ちます。成人すると（通常は18歳）「チベット王」として改めて即位し、政治的地位を持つことになります。先代の死去から新法王の即位までの間は、摂政が国家元首の地位と政務を代行します。

ダライ・ラマの歴史

ゲルク派の「化身ラマ」制度導入

ダライ・ラマ1世ゲンドゥン・ドゥプパは、チベット仏教ゲルク派の開祖ツォンカパの直弟子でした。1世から4世までのダライ・ラマは、学僧として尊敬を集めていましたが、ダライ・ラマ5世ガワン・ロサン・ギャツォは、モンゴルの豪族グーシ・ハーンの支援を受け、1642年にチベットの政治的支配者となりました。以来、歴代のダライ・ラマは、宗教的な権威と政治的な権威を兼ね備えた存在として、ラサを拠点とする政体（ガンデンポタン）の最高権威者として君臨しました。

アルタン・ハーンより授かったモンゴル語の称号

ダライ・ラマの称号は、モンゴル人の支配者アルタン・ハーンが、当時のデプン寺の座主であったスーナム・ギャツォを師と仰ぎ、贈った称号に由来します。この時の正式な称号は「ダライ・ラマ・バジュラダーラ」でした。最初にダライ・ラマの称号を用いたのはスーナム・ギャツォでしたが、彼を3世とし、遡ってゲルク派の宗祖ツォンカパの弟子ゲンドゥン・ドゥプパを1世としました。「ダライ」はモンゴル語で「大海」、「ラマ」はチベット語で「師」を意味します。

権威の成長

ダライ・ラマの名跡は、ゲルク派の宗祖ツォンカパの弟子ゲンドゥンドゥプを初代とし、代を重ねるごとにゲルク派内での地位を高めていきました。また、モンゴルに対する大きな影響力を持つようになり、1642年にはグーシ・ハーンによって中央チベット全域をダライ・ラマに寄進され、ダライ・ラマを頂点とする政権が樹立されました。

ダライ・ラマ5世は自らの権力を固め、チベットの最高権威としての地位を確立しました。ダライ・ラマの支配地域は拡大し、宗教的・世俗的な権威を兼ね備えた存在となりました。

認定をめぐる外部勢力の介入

ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォの放蕩は、グーシ・ハーン一族の分裂を引き起こし、外部勢力を巻き込んだ戦乱へと発展しました。1720年には、ケルサン・ギャツォがダライ・ラマとして即位することで決着しましたが、清朝は当初ケルサン・ギャツォを「ダライ・ラマ6世」として扱いました。清朝がケルサン・ギャツォを「ダライ・ラマ7世」として認めたのは18世紀末になってからです。

ダライ・ラマ8世の時代には、清朝が化身ラマの選定方法に介入し、「セルブム（黄金の瓶）」をチベットに贈り、ダライ・ラマなどの選定にこの瓶を活用するように求めました。

ギャルツァプ職の出現

19世紀初頭、ダライ・ラマの転生者の捜索はチベット貴族の勢力争いの場となり、恣意的な人選が行われるようになりました。この時期のダライ・ラマは早世したため、実権は摂政が握るようになりました。ダライ・ラマ7世の死後、ガンデンポタンの首班としてギャルツァプ職が成立しました。ギャルツァプ職は、ダライ・ラマの代理として権限を行使する摂政のような地位でした。

ダライ・ラマの位置づけ

中国の王朝との関係

ダライ・ラマは、現在「ゲルク派の最高指導者」ではなく「チベット仏教の最高指導者」と見なされています。これは、チベット仏教が中国に対して権威を強調する際に利用された思想に基づいています。明朝の永楽帝より「大宝法王」の号を授与されたカルマパ5世テシンシェクパが「領天下釈教」の称号を得ており、その後ダライ・ラマ5世がこの称号を得ました。

清朝は、ダライ・ラマをチベット仏教の最高権威としましたが、ダライ・ラマが中国の仏教までも支配するものではありませんでした。

パンチェン・ラマとの関係

ダライ・ラマと並んで重要な化身ラマであるパンチェン・ラマは、阿弥陀如来の化身とされ、ダライ・ラマに匹敵する智慧を持つ高僧と考えられています。二人の関係は、太陽と月に例えられ、相互に師弟関係にありました。しかし、パンチェン・ラマはシガツェに常駐していることが多く、ダライ・ラマ未成年時の摂政は、ラサにいる別のラマが務めることが多かったです。

パンチェン・ラマは原則的に世俗的な政治権力を持っていませんでしたが、清朝はパンチェン・ラマの政治権力を強化しようとしました。その結果、ダライ・ラマとパンチェン・ラマの間で軋轢が生じる遠因となりました。

ガンデン・ティパとの関係

ダライ・ラマはゲルク派の最も有名な僧侶ですが、ゲルク派の管長ではありません。本来は、総本山ガンデン寺の座主（ガンデン・ティパ）がゲルク派の最高指導者です。ガンデン・ティパは、ゲルク派の教法を管掌する法主であり、ダライ・ラマよりも宗教上の格式は上位にあります。

ダライ・ラマは、ゲルク派の教勢拡大期に、デプン寺とセラ寺の座主を兼任したゲンドゥン・ギャツォ（ダライ・ラマ2世）とその転生者スーナム・ギャツォ（ダライ・ラマ3世）に始まる転生系譜であり、ゲルク派の統合の象徴でした。

歴代のダライ・ラマ

歴代のダライ・ラマについては、多くの文献で紹介されています。

対立ダライ・ラマについて

対立6世イェシェー・ギャツォは、ダライ・ラマ6世ツァンヤン・ギャツォの廃位後、ホシュート部の首長ラサン・ハンによって擁立されましたが、チベット人社会の支持を得られず、最終的に廃位されました。

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