ジャン＝ジャック・ベネックス

ジャン＝ジャック・ベネックス（1946年 10月8日 - 2022年 1月13日）は、フランスの首都パリに生まれた革新的な映画監督であり、脚本家としても活躍しました。1980年代のフランス映画界において、独自の映像美と大胆なテーマ設定で一時代を築いた人物です。

彼のキャリアは1960年代半ばに始まりました。まずはテレビドラマのアシスタントとして、ジャン・ベッケル監督のもとで経験を積み、その後はクロード・ベリ、クロード・ジディといった著名な監督たちのアシスタントを務めました。こうした下積みを経て、1977年に制作した短編映画『ミッシェル氏の犬』で監督デビューを果たします。この作品はトルヴィユ映画祭でグランプリを獲得し、監督としての確かな才能があることを世に示しました。

ベネックス監督が真に脚光を浴びたのは、1981年に発表した初の長編作品『ディーバ』によってです。このスタイリッシュなサスペンス映画は、翌年のセザール賞で新人作品賞、撮影賞、音楽賞、録音賞の計4部門を受賞するという華々しいデビューとなりました。この成功は、彼を同世代のリュック・ベッソン、レオス・カラックスといった新鋭監督たちと並び称される存在へと押し上げました。彼らは共に「恐るべき子供たち」または「BBC」と呼ばれ、かつてのヌーヴェル・ヴァーグ以降のフランス映画界に新たな美学とエネルギーをもたらした主要な担い手と見なされています。『ディーバ』は日本でも「ニュー・フレンチ・アクション・シネマ」として紹介され、その独創的な映像世界と音楽は多くのファンを魅了し、公開から長い年月を経てもカルト的な人気を保ち続けています。

自身の芸術的表現に対する自由と独立性を重視したベネックスは、1982年に自身の制作プロダクション「カルゴ・フィルム」を設立しました。以後、彼はこの会社が制作する全ての作品において製作総指揮を務めることになります。カルゴ・フィルムは、長編フィクション映画だけでなく、劇場用やテレビ用のドキュメンタリーも数多く手掛けました。そのテーマは非常に多岐にわたり、科学や芸術といった分野から、女性の権利のような社会的な問題にまで及びました。これらのドキュメンタリー制作を通じて、フランス国立宇宙研究センター（CNES）やフランス国立科学研究センター（CNRS）のような公的研究機関との共同作業も生まれました。

1983年には、ジェラール・ドパルデューとナスターシャ・キンスキーを主演に迎え、デイビッド・グーディスの小説を映画化した『溝の中の月』を発表しました。この作品は第36回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門で上映されましたが、『ディーバ』で確立された耽美的な映像スタイルをさらに推し進めた一方で、難解とも評された物語が批評家や観客の間で賛否を呼び、前作ほどの高い評価を得るには至りませんでした。

しかし、1986年に発表した『ベティ・ブルー』で、ベネックス監督は再び大きな成功を収めます。ベアトリス・ダルとジャン＝ユーグ・アングラードが主演を務めたこの作品は、一組の男女の激しくも破滅的な愛の行方を大胆かつ官能的に描き、公開と同時に大きな話題となりました。世界中で公開され、アカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど国際的にも高く評価され、今日ではベネックス監督の代表作として広く知られています。また、この『ベティ・ブルー』は、カルゴ・フィルムが初めて制作した長編フィクション映画でもあります。

その後も、彼はコンスタントに作品を発表しました。1989年には『ロザリンとライオン』、1992年には名優イヴ・モンタンの遺作となった『IP5/愛を探す旅人たち』を監督。2001年には再びジャン＝ユーグ・アングラードを主演に迎えた『青い夢の女』を手掛けました。これらの作品群も、彼の独特な世界観や映像表現が色濃く反映されています。

映画制作以外にも、彼はドキュメンタリー分野で『ルーマニアの子供達』（1992年）や日本のオタク文化に迫った『おたく』（1993年）など、多様なテーマを探求しました。カルゴ・フィルムでは、他の監督の作品の制作も手掛け、ムリエル・エデルシュタイン監督の『2枚目の絵の謎』や、アンヌ・フェインシルベール監督の『ビリー・ザ・キッドへのレクイエム』などを世に送り出しています。

晩年は長い闘病生活を送っていましたが、2022年 1月13日、パリの自宅で静かに息を引き取りました。75歳でした。ジャン＝ジャック・ベネックスがフランス映画界に残した、鮮烈な色彩と退廃的な美しさに満ちた作品群は、今なお多くの映画ファンに愛され続けています。

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