ジュリア・グリジ

ジュリア・グリジ（Giulia Grisi）は、1811年3月22日にミラノで生まれた、19世紀を代表するイタリアのソプラノ歌手です。デ・カンディア侯爵夫人としても知られ、その輝かしいキャリアを通じてヨーロッパはもとより、遠くアメリカ大陸でも喝采を浴びました。

彼女の家系は芸術的な才能に恵まれており、音楽はジュリアにとってごく身近な存在でした。母方の伯母ジュゼッピーナ・グラッシーニは著名なオペラ歌手であり、姉のジュディッタもまた優れた歌手として名を馳せ、従妹のカルロッタはバレエダンサーとして活躍しました。特に姉ジュディッタは、作曲家ベッリーニが自作オペラ「カプレーティとモンテッキ」のロメオ役を彼女のために書き、初演を歌うほどでした。このような環境で育ったジュリアは、幼い頃から自然と音楽教育を受け、その才能を開花させていきました。

オペラ歌手としての第一歩を踏み出したのは、1828年、ボローニャでのことでした。ロッシーニのオペラ「ゼルミーラ」のエマ役でステージデビューを飾り、その才能はすぐに認められました。ロッシーニやベッリーニといった当時の巨匠たちも彼女に注目し、ミラノではベッリーニの代表作「ノルマ」の初演でアダルジーザ役を歌う機会を得ました。この公演では、偉大なソプラノ、ジュディッタ・パスタが主役のノルマを演じています。

グリジの名声はイタリア国内に留まらず、1832年にはパリへ渡り、ロッシーニのオペラ「セミラーミデ」で大きな成功を収めます。さらに1834年には、ロンドンでのデビューを果たし、ロッシーニの「泥棒かささぎ」のニネッタ役でロンドンの聴衆を魅了しました。パリに戻った彼女は、1835年にイタリア劇場で行われたベッリーニのオペラ「清教徒」の初演でヒロイン、エルヴィラ役を歌い、再び喝采を浴びました。彼女のキャリアにおいて重要な出会いとなったのが、テノール歌手のマリオことジョヴァンニ・マッテオ・デ・カンディアでした。ドニゼッティは1842年にオペラ「ドン・パスクワーレ」を作曲する際、ノリーナ役をグリジ、エルネスト役をマリオを念頭に書き下ろしたと言われており、二人はこの共演をきっかけに生涯を共にすることになります。

彼女の声はソプラノ・ドラマティコに分類され、全盛期にはその並外れた美しさ、声域全体の均等さ、そして滑らかな声の運びによって音楽評論家たちから高く評価されました。約30年にも及ぶキャリアの中で、彼女は単なる歌手としてだけでなく、優れた女優としても認められていました。ロンドンでは、ルイージ・ラブラーケ、ジョヴァンニ・ルビーニ、アントニオ・タンブリーニといった当時の名歌手たち、そしてもちろんマリオと共に数々の公演に出演しました。辛口で知られる評論家のヘンリー・コールリーさえも、グリジとマリオの活躍がイタリアオペラをロンドンの音楽シーンにおいて重要な位置に押し上げたことを称賛しています。

1854年には、グリジとマリオは夫婦でアメリカ合衆国への演奏旅行を行い、国際的な著名人として熱烈な歓迎を受け、経済的にも大きな成功を収めました。

私生活では、1836年にジェラール・ド・メルシィ伯爵と結婚しましたが、後に離婚してマリオと連れ添うことになります。マリオとの間には6人の娘をもうけ、パリやロンドンに居を構えました。結婚生活においては、マリオが1849年に購入したフィレンツェ郊外のヴィラ・サルヴィアティで晩年を過ごすことが多くなりました。この館には、オペラ関係者だけでなく、遠縁にあたるギリシャやロシアの王族、イタリアやイギリスの貴族など、多くの著名な人々が訪れ、グリジは刺激的な日々の交流を日記に克明に綴っています。

1869年11月、家族と共にロシアのサンクトペテルブルクへ向かう列車の旅の途中、ドイツとの国境付近で彼女の身に異変が起こります。体調を崩したジュリアはベルリンのホテルへ運ばれ、イザベル医師の治療を受けましたが、そのまま回復することなく、1869年11月29日にその波乱に満ちた生涯を終えました。夫マリオによって彼女の遺体はパリへ移送され、多くの偉人が眠るペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。彼女の墓は劇作家モリエールの墓の正面に位置し、平らな白い墓石には「ジュリア・デ・カンディア公爵夫人」と刻まれています。

マリオとの間に生まれた娘たちのうち、セシリア・マリア・デ・カンディアは作家として知られるようになりました。彼女はイギリスのジェントルマン、ペアース卿と結婚し、1910年には母親について綴った著書「偉大なる歌手のロマンス（The Romance of a Great Singer）」を出版しています。

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