ジュリアーノ・デ・メディチの肖像 (ワシントン・ナショナル・ギャラリー)

ジュリアーノ・デ・メディチの肖像

サンドロ・ボッティチェッリが描いた「ジュリアーノ・デ・メディチの肖像」は、15世紀ルネサンス期のフィレンツェにおける、複雑な政治情勢と悲劇を背景に制作された肖像画です。この作品は、1478年にパッツィ家の陰謀によって暗殺されたジュリアーノ・デ・メディチの姿を捉えており、彼の死を悼むとともに、その人物像を後世に伝える重要な役割を果たしています。

ジュリアーノ・デ・メディチとは

ジュリアーノ・デ・メディチは、1453年にピエロ・ディ・コジモ・デ・メディチとルクレツィア・トルナブオーニの間に生まれました。兄ロレンツォ・デ・メディチの弟として、メディチ家の後継者の一人となりました。当初は政治的な役割は少なかったものの、次第に兄ロレンツォを補佐する立場となり、ロレンツォが不在の際には政務を代行しました。ジュリアーノは結婚の噂も絶えませんでしたが、マルコ・ヴェスプッチの妻シモネッタ・カッタネオを深く愛しました。1475年には、馬上槍試合で優勝した際、シモネッタをイナモラータに選び、彼の愛は広く知れ渡りました。しかし、シモネッタは翌年に若くして死去し、ジュリアーノもその2年後、パッツィ家の陰謀により暗殺されました。ジュリアーノの遺児であるジュリオ・デ・メディチは、後にローマ教皇クレメンス7世として即位します。

作品の詳細

ボッティチェッリは、ジュリアーノを四分の三正面を向いた胸像として描いています。彼の特徴的な長い鷲鼻、額の深い皺、そして顎の高さまで伸ばされた髪が詳細に描写されています。彼は赤いチュニックをまとい、その姿は威厳に満ちています。ワシントン、ベルガモ、ベルリンに所蔵されているバージョンは、基本的な構図は同じですが、ワシントン版は最も大きく、細部まで丁寧に描かれています。

特にワシントン版では、画面最前景に窓枠が描かれ、室内から外を見ているかのような構図が特徴的です。画面左下には、葉のない木の枝に鳩がとまっており、ジュリアーノの背後にも窓があり、そこから見える空は、彼の死を象徴していると解釈されます。窓と鳩は、魂の飛翔や故人があの世へ旅立ったことを暗示しており、ジュリアーノの伏し目がちな表情は、彼の死をさらに際立たせています。肖像画としては珍しいこの描写は、ボッティチェッリがジュリアーノのデスマスクを基に制作した可能性も示唆されています。

しかし、鳩は単に死の象徴だけでなく、ジュリアーノが愛したシモネッタへの変わらぬ愛の象徴であるとも解釈できます。鳩は伴侶を失うと二度とつがいを作らないという古代の伝承から、この絵に描かれた鳩は、彼の純粋な愛を表現しているとも考えられます。

これらの作品は、メディチ家によって依頼され、忠誠を示す贈り物として使われた可能性が高いです。しかし、保存状態が悪いため、ボッティチェッリの真筆性や制作順序には議論の余地が残されています。

また、この肖像画は、1478年に彫刻家ベルトルド・ディ・ジョバンニが制作したジュリアーノの追悼メダルのモデルになった可能性も指摘されています。

作品の来歴

この作品は、元々第3代トスカーナ大公フェルディナンド1世・デ・メディチが所有していたと考えられています。絵画の裏側にある紋章は、フェルディナンド1世のために制作されたメダルの図像と一致します。ただし、1492年のメディチ・リッカルディ宮殿の目録にはジュリアーノの肖像画は記載されておらず、1503年のカファッジョーロ分家のコレクションに記録されています。また、1560年のヴェッキオ宮殿の目録にも記載されていますが、羊皮紙に描かれたものとされており、本作品である確証はありません。

確実な記録としては、1796年のアルフォンソ・タコリ・カナッチ侯爵の目録に登場します。その後、甥ピエトロ・タコリ、娘アデレード・タコリへと相続され、1940年には画家のゼリンド・ボナッチーニを通じて、美術収集家ヴィットリオ・チーニ伯爵の手に渡ります。そして、1948年頃にウィルデンシュタイン&カンパニー、1949年にサミュエル・H・クレス財団を経て、1952年にナショナル・ギャラリー・オブ・アートに寄贈されました。

ギャラリー

ワシントン版

ベルガモ版

ベルリン版

まとめ

ボッティチェッリの「ジュリアーノ・デ・メディチの肖像」は、単なる肖像画を超え、ルネサンス期フィレンツェの歴史と文化、そして悲劇的な出来事を後世に伝える重要な作品です。この作品は、ジュリアーノ・デ・メディチという人物の複雑な感情と、彼の死を悼む人々の想いを、象徴的な描写を通じて表現しています。複数のバージョンが存在し、その来歴は複雑ですが、現在ではワシントンD.C.のナショナル・ギャラリー・オブ・アートで鑑賞することができます。

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