ジョセフ・マキシミリアン・ペッツヴァール

ヨーゼフ・マキシミリアン・ペッツヴァール：数学者からレンズ設計の巨匠へ

ヨーゼフ・マキシミリアン・ペッツヴァール (1807年-1891年) は、スロバキア出身の数学者にして、写真レンズ設計において革命的な功績を残した人物です。ハンガリーで生まれ、ブダペスト大学、ウィーン大学で高等数学の教授を務めた彼は、数学的な才能をレンズ設計に応用し、写真の歴史を大きく変える発明を成し遂げました。

ペッツヴァールは、ウィーン工科大学でダゲレオタイプの技術的課題、特にレンズの暗さによる長時間の露光時間の問題に直面したアンドレアス・フォン・エッティングハウゼン教授と出会います。この出会いが、ペッツヴァールの人生、そして写真技術の進歩に大きな転換点をもたらしました。

ペッツヴァールレンズ：明るさと描写力の革新

エッティングハウゼン教授の紹介で、ペッツヴァールはレンズ製造で名高いフォクトレンダーと協力関係を結びます。当時、ダゲレオタイプ撮影にはF17という極めて暗いレンズが使われ、屋外でさえ20分以上の露光が必要でした。ペッツヴァールは、オーストリア政府の支援も得て、驚異的な明るさF3.7のレンズを開発することに成功しました。このレンズは、露光時間を大幅に短縮し、撮影をはるかに容易にしました。

ペッツヴァールレンズの最大の特徴は、その明るさによる撮影の容易さと、独特の描写力にあります。像面湾曲という収差は欠点とも言えますが、被写体に立体感を与える効果を生み出し、ポートレート撮影に最適でした。このレンズは、イギリス、フランス、ドイツなど世界中のメーカーで製造され、長きに渡ってポートレート用レンズとして広く愛用されました。日本ではフォクトレンダー製よりもダルメイヤー製のペッツヴァールレンズが多く使用され、その人気の高さが伺えます。

一方、ペッツヴァールレンズは非点収差も大きく、周辺部のボケは楕円形となります。しかし、中心部の解像度は非常に高く、球面収差が少ないことから、狭い画角の投影用や天文用レンズとしても使用されました。フォクトレンダーは投影用として「Projectos」という商品名で71種類ものペッツヴァールレンズを生産しました。

天文学への貢献：宇宙の距離を測るレンズ

ペッツヴァールレンズは、天文学においても大きな役割を果たしました。色収差と球面収差を極力抑えた設計により、天文観測用の高性能レンズとして世界中の天文台で使用されました。中でも、1893年にアルヴァン・クラークが制作した口径34400mm、F5.7という世界最大のペッツヴァールレンズは、ハーバード大学のブルームフォンテーン天文台に設置され、ヘンリエッタ・スワン・リービットによるケフェイド変光星の観測に使用されました。この観測は、銀河の距離を精密に測定する上で画期的な成果をもたらし、宇宙のスケールを理解する上で重要な一歩となりました。

ペッツヴァールは、レンズ設計における数学的アプローチの先駆者であり、その功績は写真技術のみならず、天文学の発展にも大きく貢献しました。彼の残したペッツヴァールレンズは、写真史、天文学史に燦然と輝く偉業として、今もなお人々に記憶されています。

参考文献

ルドルフ・キングスレーク著『写真レンズの歴史』朝日ソノラマ ISBN 4-257-12021-5
『クラシックカメラ専科』朝日ソノラマ
* 『クラシックカメラ専科No.17、フォクトレンダーのすべて』朝日ソノラマ

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